08

わしゃあ嫌われてんのかのォと坂本が落ち込んだようにぼやけば周りの空気が一気に落ち込んだ。名前が朝餉に現れないということで朝から銀時が彼女を探し回っていた。だが、見当たらない。彼女が居そうなあの戦場跡にも足を延ばしたが、居ない。

「名前、どこにいったか知らね?」

そう坂本に聞いても彼は知らず、坂本が桂に言ったことで数人の手を借りて名前を探すことになった。子供じゃないんだから放っておけと高杉は言う。だが、何か胸騒ぎがしたのだ。結局見つからず、出て行ったのではないかという結論に至った。折角再会できた坂本の隊の連中の落ち込み具合は見ていて痛々しいほど。街にでも出ているのだろうと考えている高杉は特に心配もせずに部屋に籠っていた。だが陽が落ちても戻ってこない。

「……おい権兵衛」
「あっ……総督」
「あの女何処にいったか知らねェか?」
「知らないんですけど……」
「あん?」
「昨日名前泣いていましたよ。井戸の傍で」

厠に行くときに見ましたと権兵衛は高杉に言う。何故泣いていたのか。昨日の戦は死者ゼロという奇跡のような戦だった。泣く要素はない。本当に自分勝手な女だ。イライラする。名前の事を考えないようにすることを決めた高杉は権兵衛の傷を気遣う言葉をかけた後、部屋を出て行った。夕餉の時間。坂本を適当に慰めていた銀時は味噌汁をかきこみながら目で名前が居ないか探していた。ひょっこり帰ってきそうだとも思ったのだ。

「聞いているか金時……名前は婚約者の為に戦場に来るようなはちきんじゃ」
「あーはいはい」
「それでな……お!」
「あ……?」
「名前は婚約者とここを出たんじゃないかの?」
「おいおい…いなくなったのは名前だけだ」
「そうかえ……会えたと言っておったのにのォ。ここじゃなかったか……。わしも見て見たかったのォ…」
「名前の婚約者……探し人って?」
「『竜の彫り絵がしてある刀を持った、栗色の髪をした男を探している』って名前は言っていたぜよ。一緒に道場を継ぐかぁらんで」

坂本の言葉に反応したのは桂だった。竜の彫り絵がしてある刀。それは桂が名前から取り上げた刀の特徴と一致していた。血と泥で常に汚れていたが、その男の髪は栗色だった気がする。さっと血の気が引いた。左隣の高杉を横目で見ると、彼も箸が止まっている。目が合った。

「高杉……」

名前の婚約者はすでに死んでいるのだろう。その形見を名前が見つけた。彼女が去った理由もそれだろう。もう愛する人を探さなくてもいい。そこまで想像した桂は腹の底に重苦しいものが溜まっていくような感覚に襲われた。

「うるせェ」

ありがとう。高杉は何故名前が自分に礼を言ったかが分かったような気がした。恋人の仇を討ってくれて、ありがとう。泣き笑いの彼女の顔があの日の裸体と一緒に瞼の裏に浮かんで、消えた。

「なんで言わねェんだよあのクソ女」

吐き捨てるように高杉はつぶやく。言ってくれれば彼女に刀を返したのに。今となってはもう遅い。あの刀はまだ高杉の部屋にあった。恋人の遺品の前で抱かれたのかと思うと名前の神経が信じられないが、きっと心に溜まる虚しさを誰かにぶつけたかったのだろう。事情を察せていない銀時と坂本はまだうだうだと話を続けているが、聞きたくなくなった高杉はそれを無理やり止めた。

「名前が言ってた道場ってのはどこにあるんだ?」
「さぁ」

桂の質問に坂本は首をひねった。まあ、生きていてくれるならいい。戦でばたばた人が死んでいくのを見ているぶん、名前が戦場を抜けたことに対して反対する気持ちはなかった。一言欲しいとは思ったが、別にいい。生きていてくれるならば。気分を取り戻すように坂本は天人から奪取した酒を開け、みんなに配った。

「祝杯じゃー!!!」

酒が入れば自然と明るい話題になり、騒ぐ声も大きくなった。坂本達がこの寺に来た時のように薄められた酒が下座に回り、それを囲む団らんができる。騒がしい空間の中で銀時は無性にかんきつ類が食べたくなった。名前に貰ったぽんかんがもう懐かしい。名前が居なくなった喪失感と、婚約者と聞いた時の嫉妬心。甘酸っぱいあれは、恋の味だったのかもしれなかった。

END

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