22

歌舞伎町一番街入口のコンビニの前に六時。高杉からのメールである。電車の中で髪形や化粧が崩れていないかチェックした。グロスを塗り直し、アイシャドーが落ちて目の下が黒くなっていないか再度確認する。ざわつく胸を押さえながら待ち合わせ十分前にはコンビニに着いた。行き交う人を眺めながら高杉を待った。

「悪い。待ったか?」
「いえ……大丈夫です」

黒いスーツをバシッと決めた高杉は人ごみの中でも際立っていた。いつもは肌蹴気味の胸元には落ち着いた色合いのネクタイが閉められ、手には珍しく鞄を持っている。エリートサラリーマン又は若手起業家という方がしっくりくる。普段とは少し違った高杉の様子に名前は落ち着かなくなった。何よりかっこいい。

「軽く何か食べるか」
「あ、はい」

狭い歩道を高杉と並んで歩く。人を避けるために少し体を寄せれば彼の腕と名前の腕が僅かに当たる。横断歩道で立ち止まるとお互いの手が触れるか触れないかのところを彷徨った。前を見る高杉の横顔を名前は盗み見た。

―付き合うか

高杉の言葉が蘇り一気に顔面に血が上った。あれは酔っていたからに違いない。きっと一時の気の迷いだ。芋蔓式に太ももを撫で上げられた感触まで蘇ってきてしまった。赤面して頬に手を当てる名前をいぶかしげに高杉は見下ろす。変わった奴だと思ってはいたが。少し目が合ったと思ったら凄まじい勢いでそらされた。少しばかりムッとする。青信号に変わると同時に名前の手を握った。

「あ……」

振り払うわけでもなく、握り返すわけでもなく。高杉に連れてこられたのは小洒落たイタリアンレストランだった。予約を取っていたらしく、すぐに通される。完全個室。メニューを渡され開いたのはいいが、値段が書いていない。

「遠慮するな。好きなものを頼め」
「……と、言われましても」

いったい、いくらするんだココは…!庶民には縁のない店すぎた。緊張の色を見せる名前がかわいく、高杉は笑う。だが名前には意地の悪い笑みに見えた。呼び出しのベルをチリン、と鳴らす。慌ててメニューを決める名前だった。

エプロンに埃一つないウエイターが水の代わりに炭酸水を持ってきた。名前はシーフードパスタしか頼まなかったが、高杉が前菜やらデザートやらを注文していく。ありがたいが、申し訳ない。だが口も挟めない。恨みましげな視線を送った。

「言っただろ?ちゃんと食えって」
「こんな高そうなお店…」
「偶には贅沢も必要なんだよ」

その余裕にときめいた。神威にしろ高杉にしろ今日は心臓が忙しい。炭酸水が注がれたグラスを合わせるとカチン、と澄んだ音がした。乾杯。口に含むと芳醇な香りときつめの炭酸が喉を潤した。高杉は早速ワインに口をつけている。大人の男。神威が幼く見えた。

「高杉さん」
「なんだ」
「こないだのことなんですが……」
「……あぁ」
「あの、」
「無理に返事しなくてもいーぞ」
「えっ?」
「俺は本気だ」
「……」
「それだけわかってればいい」

高杉の真意が読めない名前は眉を少しだけ下げた。確かに今は何ともいえない。タイミングのせいにしてはいけないのは分かっているが、タイミングが悪すぎた。確かに、高杉に惹かれている。焦がれかけている。でも、脳裏にまだ神威がチラつくのだ。そんな中途半端な心情で高杉に相対することはできなかった。好きだ。好きだが、後ろ髪をひかれる。負い目を感じる。きっと、どちらにも。

目を伏せた名前を眺めながら高杉は白ワインを味わった。年下のほっておけない少女。焦がれるような衝動はまだ、無い。腕のなかで閉じ込めて、愛でたい。そんな感情だ。先日の攘夷での出来事は自分の嫉妬心が原因であるのは重々承知していた。一緒にいられないかもしれないが、なにかで繋ぎ止めておきたい。

運ばれてきた料理に名前が息を零した。テレビで見るような飾り付けがされた生ハムと四種のチーズの盛り合わせ。

「……いただきます」
「お前……手が震えてるぞ」
「こんな高級店こないんで緊張しているんですっ!」
「ククッ……」

一口食べて、おいしい…と呟く。食に対する関心が薄い名前だが、本当においしい、と心から思った。高杉は満足そうにその光景を眺めた。前菜もパスタもぺろっと食べてしまった。途中で運ばれてきたグランベリージュースは高杉が好んできているシャツの色に似ている。デザートのティラミスが運ばれてくる頃には高杉の頬は軽く色づいていた。

「高杉さん色っぽいです」
「惚れたか?」
「惚れそうですね」
「そうかィ」

男の人の流し目に此処までの威力があったとは。さすがホスト…と感動した。デザートが片付いた後に名前は高杉に色々な質問をした。銀さんとはいつからの付き合いなんですか?一人暮らしなんですか?いつからホストクラブで働いてるんですか?好きな本とかありますか?ありきたりな質問を二本目のワインを開け、答える高杉。一通り質問し終わり、名前が満足したところで「そろそろ出るか」と声を掛けた。クレジットカードの色が黒いのを名前は見てしまった。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -