03

彼女も攘夷志士として戦争に参加していたのではないか、という仮説を桂は立てた。一昨日の高杉との諍いを見ていてもただの女とは思えない。銀時に高杉との一悶着を話すと面倒なことになったな、と返ってくる。面倒事を連れてきたのはお前だろうに。名前の傷は膿んでいて化膿していて、熱もその怪我が原因だと思われると告げられた二人は礼を言って頷く。氷枕を当てられた名前はすやすやと寝息を立てていた。

「戦力になるだろうか」
「さあな」

そう言いながら銀時は寝返りを打とうとする名前の額から落ちそうになった氷枕を支えた。額に張り付く前髪を払ってやる。親しげな様子の銀時に桂は下種な勘繰りをした。彼女の横に置かれた刀。寝ているうちに高杉の部屋にでも置いておいた方が良いだろう。薬代としていただこう。刀を取り上げた桂に銀時は何も言わなかった。


■ ■ ■


腫れぼったい目を開けた名前は見覚えのない空間で体を起こした。揺れる視界に眉をしかめて立ち上がる。ここはどこ。耳を澄ますと人の声が聞こえる。息を殺して襖に近づいた。人の気配がする。敵なのか、味方なのか。着ている着物を托しあげた名前は蹴り飛ばす勢いで襖を開けた。場の悪く、丁度居合わせた男が驚き声を上げる。その腰に刺さっていた刀を抜くと構えた。

「な、なんだテメェ!」
「ここはどこ?」
「はぁ?」

騒ぎを聞きつけた野郎どもがぞろぞろと集まる。その人だかりをかき分けて銀時は名前の前に出た。彼の姿をみてひとまず刀を下ろす。すっかり回復したような様子の彼女に銀時は安心した。三日間も眠っていたのだ。

「調子はどうだ?」
「…顔洗いたい」
「井戸に案内してやるよ」

銀時の後を追って名前は裸足で庭に降りた。銀時が水をくみ上げ、まずはうがいをする名前。顔をすすいだと思ったら自らの頭に思いっきり水を掛けた。濡れた髪を掻き上げる。やっとさっぱりした。銀時の差し出すタオルを素直に受け取り水気を拭った。

「ありがとう。お陰様で気分もよくなった」

名前が銀時に頭を下げた。肩まで伸びていた髪からぽたぽたと水が滴る。銀時の後ろから現れた桂に名前は驚く様子もなく視線をそらすことも無かった。攘夷志士の集団が近くに陣を張っていることも聞いていた名前は桂と銀時に接点があることは察していた。直感的にだが。枕元の刀が無くなっているのをみても納得がいく。

「いいの?あたしなんかをここに連れ込んで。お連れの彼がまた激昂するんじゃないの?」
「そうだろうな。精々銀時に感謝することだ。ここから叩き出そうとした高杉を止めたのはこいつだからな」

桂は銀時をしゃくる。名前は無言で銀時を見た。ぽりぽりと頬を掻く銀時に小さく「ありがと」と礼を言った。本当に世話になったようだ。ここまでしてもらう義理もないのに、と心のなかで小さく呟く。

「名前……」
「?」
「名前教えてくんね?」

銀時の言葉に名前は笑いそうになった。そういえばお互いの名前も知らないのだ。地面に落ちている木の枝を使って『名前』と自分の名前を記した。銀時と一緒に桂も覗き込む。桂の長い髪がさらりと揺れるのをぼんやり見ていた。

「名前か……俺は桂小太郎だ」
「どうも」
「腹が減っただろう。とりあえず飯にしないか?」

その言葉に銀時と名前の腹の虫が素直に鳴いた。お互いに顔を見合わせて、笑う。粗食しか用意できないが、と桂は御結びを持ってきたが、今の名前にとって白米ほど嬉しいものはなかった。勢いよくかぶりくる様子は子供のよう。喉を詰まらせないよう注意し、お茶を差し出した。至りつくせりの待遇だ。なにかあるのだろうかと疑う気持ちが芽生えるが、今は感謝の気持ちの方が大きかった。

「あ!お前っ名前じゃねーか!」
「あ、権兵衛」
「何でここにいんだよ」
「あんたこそなんで攘夷志士の陣にいるの。村はどうした」

名前を指差して声を上げたのは彼女が一時期身を寄せていた村にいた男だった。畑仕事もしないで賭博にいそしんでいた悪餓鬼。名前にちょっかいを出してはぼこぼこにされた記憶が新しい。そんな彼は高杉に誘われて鬼兵隊に入隊していた。

「総督がお前のこと探してたんだぞ。今日も村に探しに行ってるはずだ」
「誰だよ」

総督、の名に桂と銀時が反応した。高杉が名前を探している?村に?困惑する銀時と桂だが、高杉は名前の名前を知らなかったことを思い出して合点が行った。きっと隊士探しをしているうちに腕の立つ人間の名前として名前が上がったのだろう。しかし利き腕を負傷している今、彼女が戦場に立てるか。それ以上に高杉が彼女を鬼兵隊に引き入れるかという疑問が根強い。

「もうそろそろ帰ってくるとおもうから俺と一緒に会ってくれよ」
「会ってどうするの」
「……さぁ。とりあえず会ってくれよ」
「別にいいけど」

お握りを食べ終わった名前は指についた米粒をぺろりと舐めた。腹いっぱいになった名前は桂の入れたお茶を飲み干す。肩と脇腹の傷も手当されたのか随分良くなっていた。大きなあくびをする名前に桂は刀を投げた。

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