銀時は先日の女の事が気にかかり、再び戦場跡に来ていた。気温が高くないおかげで死体の腐敗はあまり進んでいない。自分が斬った記憶のある天人の死体を蹴っ飛ばし、女を探した。居るという確証はない。居なかったらそれまでと辺りを見回す銀時の頭を狙うように何かが飛んできた。反射神経でそれを受け止める。
「村の人に貰った」
「危ねーじゃねェか」
鮮やかなオレンジ色のでこぽん。投げた本人は銀時の探し人だった。胸に晒しを巻き、着流しを羽織った女は死体を踏みつけて銀時の元にやってくる。銀時に投げたでこぽんを再び受け取り、胸元から取り出した小刀で皮を剥いていく。数秒で実が現れた。
「はい」
「くれんのか?」
「いらないなら返して。あたしが食べるから」
江戸の方にきてから滅多にお目にかからなかった懐かしい果物に銀時は師を想った。食欲を誘う甘酸っぱい香りに誘われて、一切れ口に含むと甘い果汁が溢れる。自分たちは死体の真ん中に立ち尽くして何をしているのだろう。女も同じように一切れ口に含み、種を飛ばす。お互い食べ終わったところで座ることにした。
「で、あんた何してんの?」
「……散歩だ散歩。仲間の機嫌が悪くて鬱陶しいから散歩」
「へェ。やっぱり攘夷志士様か」
「で、お前はまだこんな所で何してんの?」
「いや、ここに来たらあんたにまた会えると思ってね」
顔をくしゃっと歪ませて名前は笑った。そんな彼女にどう返していいのか分からない銀時は笑う彼女の顔を凝視した。からかわれているのだろう。押し黙った銀時に名前は一層の笑い声を上げた。男だらけの戦場でどう女に接したらいいのか忘れてしまったようだ。カァと間抜けなカラスの笑い声が響く。近づいてくる烏を名前は刀を振って追い払った。以前会った時には持っていなかった刀。
「それ戦場で拾ったのか?」
「そう。丸腰ってのは心細いしね……そろそろお世話になっている村からも出なきゃだし」
「……行く場所はあるのか?」
「まァたぶん」
華奢な腕に豪華な飾りのついた刀は重そうだった。立ち上がった彼女が少しばかりふらついたのを咄嗟に支える。骨ばった身体だが意外に鍛えられていた。彼女の目が少しばかり潤んでいるのを見て、額に手を当てた。心なしか熱い。
「……お前、熱あんじゃねーの?」
「ないよ」
「顔色悪いし」
「もともと」
「……」
「大丈夫だから、離せ」
銀時の胸板を押して名前は距離をとった。心なしか熱っぽいかもしれない。ならばなおさら村に戻るようなことはしない。死体から金目のものを探して町で売り、薬を買おう。薬を飲んだらどこか雨風しのげる場所で体を休めよう。そう決めた名前は銀時を通り越して歩き出した。熱っぽいと感じれば怠さは悪化する。見るからにふらふらしだした彼女に銀時は手を伸ばした。
「俺の陣がすぐそこにあるから休んで行け」
「遠慮する」
「いいから」
貴重な物資を戦力外に使うなんてお人よしも過ぎる。名前に肩を貸した銀時は力を抜いた彼女を引きずるようにして歩いた。顔の横で揺れる彼女の手に目が行く。左手の小指と薬指の間に目立つ蛸ができていた。手のひらにも蛸ができている。
「お前、刀使えるのか?」
「……え?あぁ」
朦朧とした意識のなかで名前はそう答えた。一歩歩くたびに彼女の腰の刀がちゃかちゃかと音を立てる。陣として使っている廃屋にたどり着いたとき、名前の意識はほぼなかった。途中から背負っていた銀時は、適当な部屋に彼女を置いて医学の知識のある仲間を呼びに行った。その様子を見た桂は何事かと部屋を覗き、倒れている女を見て驚いた。
「おい銀時……」
「ヅラ、水汲んで来い」
心配そうに名前を覗き込む銀時になんと説明すればいいのかためらった。彼女は間違いなく一昨日高杉と揉めた女だ。一つ幸運なのは高杉が鬼兵隊隊士を集めに行っていて、現在留守なこと。汗を吸った着物を脱がせた方がいい。だが自分たちが着替えさせるのは気がひける。仕方なく彼女を起こすことにした。ぱちぱちと頬を叩いても虚ろな反応しかしない。肩を強めに揺らせば目が開いた。
「これに着替えてくれ」
温度計で彼女の体温を測っていた彼が差し出したのは高杉の着物だった。女物の着物はこれしかない。高杉もとやかく言わないだろうと彼は思っての行為だったが、その着物を見た桂は顔を顰めた。絶対に一波乱ありそうだ。桂と銀時を連れだって部屋を出た男は傷薬を取りに行った。
「銀時、知り合いなのか?」
「あぁ。まだ会って二回目だけどな」
部屋の中からぱたん、と倒れるような音がして慌てて襖を開けた。粗末な布団に倒れ込んだ名前は一応着替え終えていた。肌蹴きった着物が艶めかしい。傷薬を取ってきた男はおもむろに彼女の肩を露わにした。胸元は晒しが巻いてあるため支障ない。名前の肩には塞がりきってない刀傷があった。肩だけでなく右わき腹にも大きな傷。足の裏を見た銀時は彼女が鍛錬を積んでいる人間であることを確信した。