33

 
その場所に行く前にすることがあると言って、名前はリヴァイのパソコンをもってリヴァイの書室に籠もってしまった。パソコン内に見られて困るものはないリヴァイは好きにさせておいた。その間にリヴァイもエルヴィンに報告するために自宅の子機を手にとった。

「エルヴィン、俺だ。今大丈夫か?」
「少し待ってくれ……ああ、もう大丈夫だ。そっちはどうだ?」
「実行犯の名前がわかった。アニ・レオンハートだ。身長155センチ程度、金髪で鷲鼻の女だ。あとライナーと呼ばれる仲間がいるはずだ」
「さすがだな、リヴァイ。こっちは身長と性別くらいしかまだ掴めていない。テロ声明も出ていないから、思いあぐねていたところだ」
「そうか……」

書室から名前の声がする。彼女も誰かに電話しているようだ。リヴァイはエルヴィンにまた報告すると告げて通話を切った。ソファーに深く腰掛け、腕を組んで目を閉じる。耳が名前の声を拾う。その声に苛立ちが含まれているのがわかった。後でホットミルクでも淹れてやろう。暫くして名前は部屋から出てきた。

「行きましょう。身分がわかるものは全て置いていってください。あと、動きやすい格好でお願いします」

名前はカラネス町の部屋から持ってきた洋服に着替え、ブーツに足を通した。リヴァイは財布から身分証を抜き、ジーパンのポケットに突っ込んだ。タクシーを呼んであったらしく、マンションの下で待っていたタクシーに乗り込み、名前は西新宿を指定した。

「機嫌が悪いな。どうした?」
「これから会う人間に…昔少し嫌な目に遭わされたので」
「そうか……」

名前は右肘をさする様な仕草をした。リヴァイはそれについて深く言及しなかった。名前がシートベルトをつけていないことに気がつき、彼女のシートベルトを引っ張る。名前は呆れたようにベルトを締めた。

「ここか?」
「ここから少し歩きますが、まあすぐです」

タクシーが着いたのは現在使われていない廃ビルだった。名前はフェンスの扉を開け、ビルの中に入る。入り口のガラスの扉は施錠されていないようで、手で押すと容易に動いた。電気の通っていないエレベーターを通り過ぎ、名前は地下へと続く階段を下りていく。後を追うリヴァイは階段の黴臭さに鼻と口を手で覆った。無言で歩く名前が立ち止まったのは地下三階の踊り場だった。ふと携帯を見ると圏外だった。

「……ここは、何だ?」
「地下闘技場です。まあ、見ればわかります」

名前は観音開きの扉に手をかけた。防火扉は重い音を立てて開く。リヴァイは目の前に広がった光景に奥歯を噛み締めた。扉を開けて直ぐに入念なボディチェックを受け、進もうとする名前の肩に手を置き、止める。振り返った名前はリヴァイの表情に息を飲んだ。

「……これはいつからここにあった?」
「二年前ですよ……どこから移転したらしいんですけど、そこまで詳しくは知りません」
「そうだったのか」

名前はリヴァイのリアクションに眉を寄せた。部屋の中央のリングでは黒い仮面を付けた男が腹部から出血して倒れている。勝負が付いたらしく、ゴングが大きな音で鳴らされ、賭けに興じていた人間立ちがそれぞれの思いのたけを叫んでいた。うるさいとばかりに名前は顔をしかめる。

「もしかして、知っていたんですか?」
「いや……」
「事件で追っていたとか?」
「違う」

リヴァイは拒絶するように名前の言葉を弾いた。リヴァイの機嫌が悪くなることは見越していたが、この荒れ方は想像していたものと違う。何かに耐えるかのような表情に名前は心配になった。リヴァイは入り口からすぐの壁に凭れ掛かり、周囲を警戒するように見渡す。名前が向かい側の二階のギャラリーを指さした。上に上がった方が、人探しには都合がいい。

「よぉ、子猫ちゃん……どうした?珍しいってもんじゃねェなあ。お前がここに来るなんて」

名前は上から降ってきた声に顔を勢い良くあげた。はっと息を飲む。名前の立つすぐうえのギャラリーの手すりから身を乗り出すように声を投げてきた男の姿を見て、彼女の顔色が変わったのがリヴァイには手に取るように分かった。リヴァイもゆっくりと顔をそちらに向ける。

「ケニー」

そう呼んだのは、リヴァイだった。リヴァイを視認したケニーは浮かべていた笑いを一層深いものにする。ケニーが応答する前に名前がリヴァイを振り返った。

「知っているの?」
「まあな」

なおも言及しようとする名前の腕をリヴァイが力いっぱい引いた。よろけた名前はリヴァイの胸の中に倒れこむ形になる。たたらを踏んだ名前の目の前にケニーが、文字通り降ってきた。どうやら飛び降りたらしい。着地したケニーの身体がすぐ脇に立っていた男の身体に辺り、ビール瓶を抱えていた男は弾き飛ばされた。瓶が割れる耳障りな音がする。

「おお?お前、リヴァイか!久しぶりだな」
「ああ、全くだ。まさかまだ生きていやがったとは思わなかったな」
「聞くところによればお前、警察でずいぶん出世をしたらしいじゃねェか。噂話がこんな掃き溜めにまで聞こえてくるほどの出世とは、俺も嬉しいねえ」
「お前の話は全く聞かなかったけどな」

名前はリヴァイとケニーの会話に戸惑うことしかできなかった。そっと身体を支えてくれていたリヴァイの腕を押し、ケニーと向き合う。腹に力を入れてケニーを睨みつける名前に、リヴァイは口を閉ざした。

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