ミカサは名前に指示されたようにジャンの店を一人で訪れていた。店の扉を開け、奥のカウンターにまっすぐ足を運ぶとうとうとと居眠りをしていたジャンがゆっくり頭を上げた。ぱちりと目を瞬かせ、ミカサの姿を見かけると飛び上がるように驚いて見せた。
「ミカサ?!どうしたんだ?今日は一人なのか?」
「そう、一人。今日はジャンに会いに来た」
「は………?」
先ほどまでは眠そうに細められていた目もミカサの言葉によって見開かれた。驚きで目を見開くジャンにミカサは肩越しに入り口を振り返る素振りを見せた。
「一時的に店じまいした方がいいか?」
「そうしてくれるとありがたい」
「ちょっと待ってろ」
ジャンはカウンターから出て、店の扉をロックした。クローズの掛け看板を掛け、再びミカサの元に戻る。相変わらずの無表情で、ミカサが何を考えているのかジャンには想像もつかなかった。だが、それがいい。自分に会いに来てくれた、それもエレン抜きで会いに来てくれたということだけでジャンは舞い上がっていた。奥に上がるかというジャンの言葉にミカサは首を振った。
「一昨日、私もマリア銀行にいた」
「は?巻き込まれたってことか?怪我はないのか?」
「地下金庫にいたから、私もエレン達も怪我はない」
「地下金庫…すごいタイミングだな」
「そう思う。それで、実行犯を探している。ジャンの店で物を買ったと聞いた。知っていることがあれば教えてほしい」
もともと大した期待もしていなかったが、ミカサの要件はジャン自身にはなかった。感情がすぐ表情にでることが多いジャンはなんだそこに興味が有るのかと失望した面持ちを見せた。だが、ミカサはフォローを入れることなくジャンの回答を待った。
「お前も知っているだろ?この店はプライバシーに配慮している。顧客のことは誰にも漏らさない。お前にもだ」
「あなたの仕入れた武器で多くの人が死んだ。その責任を取る気はないっていうこと?」
「俺はあくまで売っただけだ。商売だからな。その後のことは関係ない」
「……マルコは知っているの?」
「さあな。サブマシンガンとロケット砲を買っていった客がいるのは知っているんじゃないか?」
「…犯人たちは自分を特定できそうな人間を消しにかかっている。気をつけて」
「気をつけてって言われてもな」
「名前さんも襲われた。次はジャンかマルコだろうって」
そういえばマルコの帰りが遅い。切手を買ってくるといって出て行ってからもう三十分以上経っている。偶々だろうと思ったが、嫌なタイミングでミカサの言葉を聞いてしまった。時計を見て不安げな素振りを見せたジャンにミカサは畳み掛けるようにいった。
「金髪で鷲鼻の小柄な女」
「っ!」
「そいつでしょ。買いに来たの。さっきマルコと歩いていた」
ジャンはミカサを押しのけ店から出て行った。チャリンチャリンとドアベルの音が静かな店内に響き渡る。ミカサはポケットの中のスマートフォンを取り出して、名前に電話をかけた。少しだけ待つと雑音に紛れて名前の声が聴こえる。
「もしもし。ミカサです。頼まれていた仕事、終わりました」
「お疲れ様。報告もらえる?」
「金髪で鷲鼻の小柄な女で間違いないようです。脅したら血相を変えて飛び出していきました」
「あははは!さすがミカサちゃん。わかった。ありがとう」
「他になにかすることはありますか?」
「そうね…いや、大丈夫よ」
「わかりました。また、何かあったら連絡をください」
「ありがとう」
名前は電話を切り、ベランダから部屋に戻るとリヴァイがソファーにふんぞり返り、名前を睨んでいる。ミカサからの着信を受けて会話の途中でベランダに出たのだ。リヴァイの険しい顔に怯えることなく、名前は彼の前で手を打って見せた。
「実行犯の一人がわかったわ」
「…本当か?」
「暗闇だし覆面みたいなのをかぶっていたから確信は持てなかったけど、さっきミカサちゃんに確認してもらえてね」
「……」
「アニ・レオンハートという女の子です。数年前まで私の事務所で働いていました。父親と喧嘩して家を飛び出した家出少女だったんですけれど、総合格闘技の心得があったからボディガード代わりにもなると思って私の家で面倒を見ることにしていたんです」
公園で襲われた時に既視感があったのだ。マスクでくぐもっていたが、声にも聞き覚えがあるような気がしていた。もしアニならば、名前の事務所に侵入できたのも、アパートの場所を知っていたのも説明がつく。
「そいつがどこにいるのか見当はつくのか?」
「たぶん」
アニが行きそうな場所に名前は心当たりがあった。だが、そこにリヴァイは連れて行きたくない。あの場所はこの街の闇そのものだ。名前ですら嫌悪感しか抱かない。今まで存在は知っていても、近寄ろうとはしてこなかった。だが、アニの情報が全く名前の耳に入ってこなかったことを考えると、まっとうな生活をしてきたか、その界隈にいたか、だ。沈む名前の表情にリヴァイは怪訝な表情を浮かべて見せた。