09

    
名前がアルバイトで働いていたというバーにペトラとオルオは足を運んでいた。一般客として最初は入り、アルコールのあまり強くないドリンクとピスタチオを片手に店の様子を伺う。モダンな雰囲気の店内には二組の客がテーブル席で談笑している。一方、カウンターの中にはバーテンダーが二人いた。どちらも男性だ。オルオに脇腹を突かれ、ペトラは近くにいた中年のバーテンダーに話しかけた。

「このお店に女性のバーテンダーはいらっしゃらないんですか?」
「あー前はいたんだが、今お休みをしていてね。残念だけど今は俺と、そこのフーゴしかいなんだ。もしかしてお兄さん、あの子目当てだったの?にしては見ない顔だけど」

話を振られたオルオは気取ったように肩を竦めてみせた。やれやれと首を振る。それに僅かな嫌悪感を感じたペトラは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。

「以前此処に来たことがあるらしい友人が話していて、少し気になっただけだ」
「彼女、綺麗だからね。お客さんからも大人気だったよ」
「是非お会いしてみたいです」
「そうですか。で、お客さん達のご職業は?恋人っぽい雰囲気でもないし、同僚ってところかなって思ったんですけど」

気さくな雰囲気のバーテンダーだが、その目は鋭い。ペトラとオルオはちらりと視線を交わした。いつの間にか、店内は静まり返っている。そっと肩の後ろを振り返ると、テーブル席の客も無言で酒を口に運び、ペトラとオルオを見ていた。どう考えてもおかしい。この雰囲気はただのバーではない。オルオもそう感じたらしく、だが、正直に答えるのもどう転がるか見当がつかないようで、無言でルジェカシス・オレンジを口に運んだ。

「困るんですよね、お客さん。こうもコソコソと嗅ぎ回られちゃ」
「俺達が何を嗅ぎまわっているっていうんだい?」
「あんた達が探しているのは名前ちゃんだろ?あの子ならもうここに来ないよ。それに、彼女がバーテンをやるのは本当の意味で仕事をするときだけだ。聞き方を間違えたな。……おい、フーゴ」

果物ナイフを握っていたフーゴを窘めるようにハンネスは呼んだ。まだ彼らの事情を聞いていない。聞いてからでも遅くないだろ、とハンネスは言う。ペトラとオルトは突然降りかかった身の危険に後悔をした。どうしてもっと調べてから潜入しなかったのかと。

「で、ご職業は?」
「………警察です」

腹を括ったペトラはゆっくりと胸ポケットから警察手帳を出した。ハンネスはそれをじっと見、そして本物だと確かめて頷く。ペトラとオルオが意外に思ったのは、警察と聞いて、フーゴがナイフを下げたことだ。ペトラはそれがひっかかった。

「名前さんが、事件に巻き込まれている可能性があります」
「知っている」
「居場所をご存知ないですか?」
「それは知らねえなあ。まあ、一つ言えるのは名前はもうここには来ないだろうよってことぐらいだ」
「……どうしてでしょう?」

ハンネスは売り物のウォッカを自分でグラスに注ぎ、ロックで飲み出した。ハンネスはペトラの質問に答える気はないようだ。カウンターの奥ではフーゴも椅子を持ち出し、スミノフを飲んでいる。どんな店だとオルオは舌打ちをしたくなった。

「お姉さん、警察ってことはあの小柄な男の部下かな?」
「…誰のことでしょう?」
「誤魔化さなくていい。名前が取引してた警察官はあいつだけだからな」

彼女がバーテンダーとして働いている時は、客と情報のやり取りをしている最中ということだ。普段は店の奥で経理の仕事をしている。ハンネスは奥の席に何時も座っていた男を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情をした。

「その男に伝えておけ。今の名前ちゃんに関わるのはやめておけ、と」
「私達がしていることは、捜査です」
「やめておけ」

ハンネスは連れない。だが、その眉間には苦渋を浮かべるように皺が刻まれていた。

「あのな、俺らも今名前ちゃんが何に首を突っ込んいでるのかは知らねえが、あいつはもう二週間近くここに来てねえ。まあ、ふらっと来なくなるのはちょこちょこあるが、それだけじゃなくて、俺たちにまでもう自分とは関わるなって言ってきやがった。必要になれば知っていることを全部吐いてもいいともな」
「………」
「最近街の様子もおかしい。ヤバい匂いしかして来ねえ。お前たちの上司にも伝えておけ、名前はこの件に首を突っ込まれたくないそうだ。触らぬ神に祟りなしって言葉、知っているだろう?」

ペトラとオルオはハンネスが冗談で言っているとは思えないと判断を下した。黙った二人にハンネスは立ち上がるよう促す。

店の外にでてからもペトラとオルオが互いに口を聞くことはなかった。もしも、この店に来たのがリヴァイならば、もっと上手く情報を引き出せたのではないか。自分達の力の至らなさに唇を噛み締めながら、二人は本庁に戻った。

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