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ペトラとオルオが店から去った後、店は何事もなかったかのように閉店をした。閉店後の店の中で、明日の仕込みをするハンネスはカウンター席の一番奥に座る女に気がついてため息をついた。ペトラとオルオがハンネスに名前のことを尋ねにくる数分前から名前はカウンターから一番離れたテーブル席、一見さんは決して気がつかない薄い衝立の向こう側の席でパソコン片手に軽食をとっていた。

「名演技でしたね、ハンネスさん」
「伊達に齢をくってないからな」
「あの二人の他に探りに来た人はいましたか?」
「あいつらのように直接聞きに来た奴らはいないが、店を見張っている奴や、パソコンにアクセス仕掛けてくる奴はいる。昨日は盗聴器が見つかった」
「あらぁ……」

脳天気な名前は大したことじゃないように笑う。ハンネスは名前の前に冷えた水を置いた。名前はそれを疑うことなく受け取り、乾いた喉を潤した。ハンネスは彼女が目立った怪我を負っていないことにまずは安堵の一息を吐く。

「お前の言う大博打はきちんと進んでいるか?」
「まあまあですかね。でも、ジャンから少し嫌な話を聞きまして…まあ、どうにかなるといいんですけど」
「……非公式とはいえ警察も動いているんだ。そっちに助けを求めるのが賢いと思うんだがな」
「それじゃあ意味がないんですよ」

名前は自嘲の笑みを浮かべた。それでは名前の目的が達成されない。氷だけになったグラスを揺するとハンネスはため息を付き、また水を注いた。お酒はくれないらしい。

「惚れた男の為に命を張るのもいいが……まあこれは俺の経験談だと思って聞いてくれ。今はその男のことしか見えないとしても、時間が経てば、自然と視野が広がるものさ。惚れた腫れたは厄介なもので、なにもかもがそれを中心にみえちまう」
「つまり?」
「少し時間を置いて、頭を冷やして、本当にその男がお前の命を懸けるにふさわしい男なのか考えたほうがいいんじゃないか、って言いたい」
「………」

名前は不貞腐れたように頬をふくらませた。年齢に似合わないその真似にハンネスはやめろと言う。名前は冷えたカウンターに頬を付けた。名前は自分で自分のことを淡白な性格だと思っていたが、意外とそうでもないらしいと最近になって発見した。うじうじとしだした名前にハンネスはうんざりとした表情を浮かべる。結局名前は水以外飲ませてもらえず店から追い払われた。


■ ■ ■


サシャが煙草を買って帰ると部屋の中に名前はいなかった。頼まれていた煙草は近場の自販機には売っておらず、探している内に隣駅まで来てしまっていた。三十分以上歩き回り、道端の自販機で見つけたブラック・デビルを片手に持ち、意気揚々と帰った部屋には誰もおらず、テーブルの上には金とメモとスマートフォンだけが置かれていた。

「そんな気はしていましたよ……」

サシャはメモを手に取る。そしてホテル代金だと思われる金を数えた。礼金の方は数えることなく財布に突っ込んだ。

スイートルームのベッドを堪能したサシャは翌昼にチェックアウトをし、駅前をぶらつくことにした。名前が依頼した仕事は終わってしまったため、今はすることがないのだ。どうするか、コニーを呼び出してゲームセンターで遊ぶのもいい。そう考えたサシャは上着のポケットに入れていたスマートフォンの電話帳から宅配寿司屋と登録された番号を呼び出す。

「あっ、もしもしコニーですか?」
「おう。どうした?」
「暇なら遊びません?今ウォール駅にいるんです。ゲームセンターに行こうかなって思うんですけど、どうでしょう?」
「えっとな、あと一時間したら行けるぜ!今ちょっとだけ手が離せなくてな」
「わかりました!待っているので駅についたら連絡くださいね!」

東口からでてすぐの場所にある大型家電量販店の中でサシャはコニーへの電話を切った。終末ということもあり、多くの人で賑わっている。サシャは女性用化粧室で野球帽をかぶり直し、ついでに乾燥しかけた唇にリップクリームを塗った。隣の女性は耳の下で二つ結びにした髪を結びなおしている。鏡越しに視線が会った気がして、サシャはニコリと笑ってみせた。彼女は慌てて出て行ってしまう。不審者だと思われてしまったのかもしれない。

「あ、兄貴!いたぞ!例の女だ!」

化粧室前でイザベルを待っていたファーランは彼女の言葉に眉をしかめる。何も喋っていないのに、イザベルはファーランにしっ!と声を顰めるよう促し、化粧室の扉を指さした。

「サシャだよ。リヴァイの兄貴が探していた女だ」
「まじかよ」

数秒後、イザベルと共にファーランもサシャの顔を確認していた。二人はカップルを装いながらも頷いてみせる。適当な罪で交番に連れて行くかという結論に至った二人はすぐに行動を開始した。

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