03

  
監視カメラに写っていた女に、リヴァイは心当たりがある。それを確かめようと、リヴァイは経済新聞を片手に喫茶店の外のテラスで一息ついていた。ランチタイムも終わったためか、この喫茶店も閑散としている。砂糖もミルクも入れないブラックコーヒーを飲みながら彼は目的の人物を探した。もしもリヴァイの読みが正しいのであれば、彼女はこの喫茶店にいる可能性が高い。もう一日早ければ会える確率はグッと上がっていたはずだった。

「…ウォール駅に行ってみるか」

このコーヒーが飲み終わったらウォール駅まで足を伸ばしてみよう。リヴァイが思い当たる彼女の行動範囲はウォール駅付近くらいしか思い当たらなかった。リヴァイと名前が出会ったのもウォール駅だ。リヴァイが捜査一課に配属されて、二ヶ月ほど経った頃だ。初対面の時、彼女は派遣のOLかつバーテンダーだと自己紹介をしていた。だが、それは表の顔だ。昼間はOLとしてオフィスでお茶を汲み、コピーを取り、メールを管理している。夜はバーテンダーとして働いていると言っていたが、その実情は家宅捜索等の情報を売買する情報屋だ。リヴァイは派遣として入ったオフィスでもなにかを握っているのではないかと勘ぐっているがその証拠はつかめたことがない。叩けば埃どころか煙が出てきそうな女であるが、リヴァイが刑事として名前を逮捕しないのは、彼女がリヴァイの情報提供者でもあるからだ。

「ちっ……出ねえか」

彼女の連絡先に先ほどから電話をかけているのだが、出ない。もし、あの防犯カメラの映像に写った女が名前ならば、第三の被害者が殺されたと知った瞬間に姿を眩ませている可能性が高い。リヴァイもよく知っているが、名前のように地に足のついていない裏の人間はそういった危険な匂いに鼻が効きすぎる。新聞を綺麗に畳み、鞄の中に入れた。


■ ■ ■


机に腰掛ける名前の横にジャンは英字新聞に包まれた約一キログラムの紙袋を置いた。中身を取り出した名前は注文より重いそれを持って構えた。

「銃口をこっちに向けないでくださいよ。弾は入ってないけど心臓に悪すぎます」
「頼んだのはグロック26よ」
「あんたは銃床で人を殴り飛ばすような女でしょ。こっちの方がお似合いですよ」
「また殴られたい?」
「ちょっと、だから向けないでくださいって。手持ちの商品が之しかないんですよ、今。一週間後になれば届く予定です」
「そう」
「……護身用じゃ、ないんでしょう?」

名前はハンマーユニットがモジュラータイプになっているユニークな装備に目を細めた。リアサイトとフロントサイトを標準に合わせる。いつになく殺気立つ彼女はまるで飢えた虎だ。追い詰められているのか追い詰めようとしているのかは分からないが、あまり関わりたくはない。どうして今日に限ってマルコは出払ってしまっているのかとここにいない友人を恨んだ。

「はいこれ、破棄する場合はこのロッカーに入れておいて下さい。こっちで処理するんで」
「分かった」

ジャンは弾と同時にロッカーの鍵を渡した。名前が銃を持つ姿を見るのはこれで二回目だ。名前は封筒に入れられた現金をジャンに渡す。それを片手でポンポンと跳ねさせながらジャンは眉を下げた。

「で、もう一つの仕事の話を聞きましょうか」
「ここ一週間で、どこかの組織が大量に武器を買い込んでいるって話を聞いたんだけど、出処はあなたのところ?」
「あぁ、二週間前から大量の注文をいただいてますよ。まあ、そのせいであんたのグロックが手に入らなかったんですけどね。言っておきますけど組織名は言いませんよ。この情報を吐いたのも、あんたがマルコの恩人だからだ」
「ありがとう。十分よ、ジャン」
「……奴ら、サブマシンガンやロケット砲まで買い込みやがった」

戦争でもするつもりなのかね、とジャンはため息を吐く。名前は眉をぎゅっと寄せた。ジャンは頬杖を付きながら硝煙臭い噂話をぽつぽつとこぼした。それに対して名前は何も言わない。ジャンの話を最後まで聞いた後、防弾チョッキも買ったほうがいいかしらとだけ笑ってみせた。

「……あんたが表でどんぱちやろうっていうのは珍しいですね。いつも飄々としているイメージでしたから。いったい何が起きているか……起こそうとしているか知りませんけどとばっちりは喰らいたくないもんですね」

ジャンは複雑な心境を顔に出す。名前もそれを汲み取ったのか苦笑いを浮かべた。巻き込むつもりはないが、手を借りることはあるだろう。微かにエンジン音が聞こえる。マルコが帰ってきたのだろうか。

「人の悪って、切っても切っても出てくるものなのよね。欲望が根底にあるから仕方ないんだけど。自分なりの正義を振りかざしたとしても、誰かにとっては悪だったなんて珍しいことじゃないし」
「俺も名前さんも間違いなくそのパターンですからね」

名前は手の中の銃を睨む。これは、護身用ではない。名前は人を殺すためにジャンに頼み、この拳銃を手に入れた。ジャンもそれは気がついている。相反する言葉と行動にジャンは危うさを覚えた。ここにいるのがマルコならば、きっと上手く言葉を掛けられたのだろう。沈黙の中、ジャンは名前の姿もこれで見納めかもな、とどこか悄然と感じた。

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