31

 
城を出るのはライナーとベルトルトの二人だけだと思っていたがユミルとクリスタも出て行くようだった。だが、彼女達は心臓は受けとらない。父親の墓を作って戻ってくるという。
クリスタはこの城で生きる事にしたらしい。断られたライナーは少し寂しそうだったが、仕方が無いと笑ってみせた。アニも行かないらしい。本当にいいの?と名前が重ね重ねきくと、煩わしそうに言った。

「あたしは死にたくないんでね」
「そっか」

リヴァイは約束通り、ライナーとベルトルトの二人に心臓を返した。鼓動をうつ自らの左胸に手を当て、ライナー達は感極まったように涙を浮かべてみせる。だが、それをこぼすことはなかった。リヴァイは心臓を返すなり二人から離れ、興味無さげに視線を向けるだけだ。

「エルヴィンさんは教会と交渉して人類と異形が共存できる道を模索しているらしいです」
「共存か……クロルバは確かに共存していたな」
「トロストでも、巧く行っているみたい」
「……見てきてやるよ。手紙も書いてやる」
「楽しみにしています。もしあったらペトラ達によろしくね」

名前は城門の前で大きく手を振った。四人の姿はすぐに森に飲まれてしまう。彼らの姿が見えなくなると、見送りにきた城の住人は一人、又一人とどこかへ消えていった。名前は立ったままそこを動こうとしない。しびれを切らしたリヴァイが名前の肩をつかんで引き寄せた。

「泣いているのか」
「泣いてないです」
「……お前もここから出て外に行きたいのか?人間として生きたかったのか?」

名前は答えなかった。否定すれば嘘になるのだ。生まれてからずっと自分は人間だと思って生きてきたのだ。両親を殺したのは異形で、その異形から人間を守る仕事に就き、また、それを評価されることに誇りを持ってきた。だが、クロルバに来てから知った事実は名前の人生を根底から覆してしまった。

「リヴァイさん。私、何も知らないまま死ぬよりかは、今のほうが納得できます。後悔はあまりしていない」
「……」
「私はダンピールだけど、きっとエルヴィンさんがいつか人間と一緒に暮らせるよう取り付けてくれるはずだって信じています。それまでこのお城でゆっくりするのも悪くないと思っているんですけど」
「教会の連中は、お前を利用するだけ利用して、売り払うような奴らだぞ。それでもまだあいつらと共に過ごしたいと願うのか?」
「ええ。どうしてでしょうね、ちっとも恨めしくないんです」

教会が名前を始末するためにこの街に行く様指示したと分かっている。エルヴィンはリヴァイの為に名前の心臓を欲していた。きっと利害が一致したのだろう。今後のためにも名前の犠牲は必要だった。その役割を名前は理解している。だから、この城から出る訳にはいかない。

「だからね、リヴァイさん。そんな世の中が来るまで、一緒に過ごしてほしいんです。一人は寂しいから」
「……おまえがその世界を望むなら協力してやろう。せいぜいエルヴィンの役に立ってやれ。お前なら中立として間に立てるだろう」

名前はリヴァイの手を握った。人類と異形が共に暮らすにはまだまだ年月がかかるだろう。
けれど、幸いな事に名前には時間がある。リヴァイが共に生きている限り、永遠に近い時間があるのだ。

「私の故郷にも行きましょうね」
「ああ」
「リヴァイさんの行きたいところにも行きましょう」
「そうだな」

森の向こうから朝日が昇ってくる。リヴァイと名前はまぶしそうに目を細めた。リヴァイが無言で踵を返す。手をつないだままだった名前も自然と彼に腕を引かれる形になった。大人しくリヴァイの隣を歩く。その足がふと止まった。

「リヴァイ?」
「人間世界の風習は知っている。指輪はまだ早いな。まずは恋人気分を味わいたい」
「……ねえ、自分がこっぱずかしいこと言っているって自覚あります?大丈夫ですか?」
「ずっと一緒にいたいだとか散々言ったのはお前だろう」
「………そうですけど」

名前の赤くなった顔に、もしかして無意識だったのかとリヴァイは驚いた。そして意地悪げに笑い、指を絡み合わせた。名前の顔はますます赤くなる。

「お前が思っている以上に俺はお前に惚れている。そうだな、まずは思い出話からしてやろう。どこぞの薄情な女はすっかり忘れているらしいが、俺とお前が初めて会った時の話、だ」
「え?」
「そのネックレスに見覚えがあるんだかな」

名前は胸元のネックレスをまじまじと見つめ、さらに顔を赤くした。頭が沸騰しそうだ。もう十年以上の前のことでよく覚えてはいない。だが、リヴァイの目が切なげに細くなった。

「売っぱらったと思っていたが、存外大切に大切に身につけていたようだな。後で詳しく聞かせてもらおう」

名前がなにか言おうとするその口をリヴァイが素早く塞いでみせた。突然の事に名前は固まる。ネックレスを持ち上げていた手が落ち、リヴァイの胸にのせられた。鼓動がいつもよりも早い。視線を合わせた二人はお互いに照れたのかそっぽを向いた。

「ねーえ見たかいモブリット。なにあのキスシーン。純情にもほどがあるでしょ。良い年しちゃってさ!」
「ハンジさん、そんなに身を乗り出すと落ちますよ!」

城壁塔からライナー達を見送り、その後もリヴァイと名前を観察していたハンジは思いがけない光景に口を尖らせた。窓からおもいっきり身を乗り出すハンジをモブリットが必死で押し止める。口ではぶうぶうと文句を良いながらもハンジは笑っていた。

「みんなが幸せになれる道が見つかるといいね」

城に向かって仲良く歩く二人を見送りながらハンジはそう呟く。きっと見つかるだろう。根拠はないが、あの二人をみているとそう確信できるのだ。幸せそうな二人にこの城はなによりもお似合いだった。

END

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