01

名前の部屋の片付けを手伝うように言われたエレンは馬車とともに運び込まれる荷物を二階の彼女の部屋に運び込んでいた。トランク三つぶんの荷物の中身は想像もつかない。家具は元々部屋にあるし、着替えも精々トランク一つぶんだろう。着替えが一つ、立体機動の装備が一つと考えると残り一つのトランクはなんだろう。エレンは最後の一つのトランクを名前の部屋に運び入れ、窓を開けている彼女に敬礼した。

「荷運び、完了しました」
「ありがとう。後は自分でやるからエレンはあの人の元に戻って大丈夫だよ」
「はっ!」

エレンはもう一度敬礼をして彼女の部屋を出た。名前の部屋からリヴァイの部屋まで少し距離があった。名前の部屋は二階の一番西側。兵士長の部屋は三階の一番東側。
名前の役職は兵士長補佐官である。兵士長とその補佐官として打ち合わせが必須になることは間違いないのに二人の部屋が必要以上に遠く配置されている理由は二人の仲の悪さにあった。エレンも訓練兵団のころから調査兵団の兵士長と兵長補佐官が上手く言っていないという噂は聞いていた。だが、名前が来たというのに顔も見せないリヴァイや、挨拶もしない名前に事の次第は思った以上だとエレンは感じた。

「エレン。名前さんのお手伝いは終わったの?」
「はい。荷物運びだけだったんで」
「そう、お疲れ様。じゃあ残りの掃除やっちゃおうか」

リヴァイの部屋がある三階の北階段を登り切ったエレンを迎えたのはペトラだった。今日もリヴァイ班は掃除が主な任務らしい。手渡された口布と箒を受け取ったエレンは、ペトラとともに担当だと言い渡された一階の倉庫に向かった。

「名前補佐官どうだった?」
「どうだったとは……?」
「エレンは補佐官と話したことなかったでしょう?印象というか、どう思った?」
「噂通りの人だと思いました。矜持が高そうですけど、補佐官の実績を思えば当たり前でしょうし……冷たそうな人だな、とは思いました」
「あははっ、確かにクールよね、補佐官。多分兵長のほうが熱い人だと思う」
「そういえば兵長のことあの人、って言ってました」
「………いやあ、まあそれは」

ごにょごにょと歯切れを悪くするペトラにエレンは苦笑いを浮かべた。ペトラやオルオ、グンタから名前とリヴァイについてはいろいろ聞いている。エレンが一番記憶に残っているエピソードは彼らの仲の悪さと協調性の無さに堪忍袋の緒が切れたエルヴィン団長が二人を地下牢で謹慎をさせたという話だ。本当なのかただの噂なのか知らないが、あのエルヴィン団長がリヴァイ兵士長と名前補佐官を地下牢に閉じ込めたなど信じられない。

「兵長の機嫌も悪くなっていることだし、さっさと始めましょう」
「はい」

家具を磨き、埃を落とし、床を履く。しばらく無心で仕事をしているとコンコンと開け放ってあった扉が叩かれた。

「お茶にしましょう」
「あ、はい」
「箒はそのままでいいでしょう」

名前はそういったもののここに箒を置きっぱなしにしてはリヴァイが怒るだろう。ペトラとエレンは顔を見合わせた。少し迷った挙句、ペトラは箒をベッドと壁の間に立てかけた。それを見てエレンも同じく箒を置く。ゴミだけを捨てて名前の後に続き、食堂へと入った。

「やあ、名前。来ていたんだね」
「ええ。あなたがぐっすり眠っている間に」
「おい、突っ立ったままぺちゃくちゃ喋ってんじゃねーよ」

リヴァイの言葉に名前は顔を顰め、席に着いた。モブリットたちが人数分のお茶を用意する。エレンも慌てて彼らの手伝いに周った。ハンジの隣に腰を下ろした名前は片手にもっていた紙袋からクッキーを取り出した。珍しい焼き菓子にペトラの目が輝く。

「どうぞ食べて。そういえばハンジ、私まだ実験の計画書もらっていないんだけれど」
「あれ?昨日リヴァイに渡したんだけど」
「……あとで取りに来い。細かい点は詰める」

リヴァイの舌打が聞こえてエレンの肩が跳ねる。名前は無表情のまま頷いた。返事もない彼女にもう一度リヴァイの舌打が鳴る。ハンジは自分を挟んで行われる攻防戦にやれやれと首を降った。

「名前はここに滞在するの?」
「まさか。本部と三日置きに行き来する予定だけど」
「めんどくさくない?」
「面倒だけれど、エルヴィンが戻ってこいというから仕方ないでしょ」

ペトラが焼き菓子を摘んで頬を緩ませた。甘い菓子と、砂糖の殆ど入っていない紅茶が絶妙で美味しい。エレンも進められるままに食べ、おいしいです、と呟いた。そして不機嫌そうなリヴァイをちらりと見る。視線があい、慌てて下を向いた。

「相変わらず名前はエルヴィン贔屓だねえ」
「ふん……」

少しの休憩の後、リヴァイとハンジと名前以外は掃除に戻った。今日で掃除も終わりだとおもえば頑張れる。ただ、残された三人がどういった話をするのかが気になった。先ほどの様子を見る限り、名前とリヴァイだけでは間が持たなそうだ。

「おい、エレン」
「はい」
「名前さんが実はエルヴィン団長と昔付き合っていたって噂、知ってるか?」
「え…?」
「オルオ!」

二階の窓を拭いていたオルオが立体機動を使って降りてき、ひょこりと顔を覗かせ、そう言った。ペトラに咎めるように名前を呼ばれればまた立体機動でどこかへ行ってしまう。おそらく、三階の窓を拭きに行ったのだろう。落とされた爆弾に目を瞬かせたエレンは、謎の多い人だと窓の外に見える名前の背中をぼんやりと見つめた。



調査兵団に入団希望を出した新兵が自分達の馬を厩につなぐのを名前は監視するように見ていた。その隣には何故かミカサがいる。そういえば名前とミカサが一緒にいるのをよく見るとエレンは思った。オルオの許可を得て同期に近づくとミカサが一番に反応し走り寄ってくる。

「エレン、おはよう」
「ああ。なあミカサ、お前名前さんとよく一緒にいるな」
「そう?」

ミカサは建物にもたれかかる名前をちらりと見た。相変わらず104期生のひとりひとりを探るように見ている。その視線が一層険しくなったと思ったら、リヴァイ兵士長が現れた。
名前の腕を引き、何か言っている。その眉間の皺は銅貨が挟めそうなくらい険しい。身長差もあるだろうが、見下すような名前の視線にエレンの眉もさがった。小さく怒鳴りあっていたようだが、新兵の視線に気がついたのか二人して去っていく。それを見てネスが小さなため息を吐いた。シスが笑う。

「おら、お前ら次は講義だぞ。早く部屋に向かえ」
「はーい」

ミカサとアルミンはエレンに手を降って指定された部屋へと向かった。エレンはオルオの元に戻る。オルオも名前とリヴァイが揉めていたのを見ていたようで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「あの二人っていつもあんな感じなんですか?」
「二人が仲良く歩いているのは見たことねェな」
「名前さんも兵長が嫌いならどうして補佐になったんでしょうね」
「エルヴィン団長の命令らしい。名前さんもエルヴィン団長には逆らえないからな。まあ、兵長も兵長であんなに邪険にするなら補佐官の任を解けばいいと思うが」
「不思議ですね」

オルオとエレンはペトラ達のまつ森の入口へと歩きながら二人について議論した。補佐官という仕事をよく理解していなかったエレンにオルオはさも偉そうに説明する。その名の通り、リヴァイの討伐補佐は名前の役目らしい。あとは事務作業の補佐もやっているとか。

「まあ、兵長クラスの強さなら補佐なんていらないがな」
「じゃあ名前さんは壁外調査では何をしているんですか?」
「兵長の近くで気ままに巨人を削いでるな」
「……」
「補佐官いわく、あの人になにかあった時にどうにかできる距離にいればいいんでしょ、だとよ」

エレンの脳内で名前がそういうのがやすやすと想像できた。そして同時にそんな彼女を鬱陶しそうに睨む兵士長の姿も浮かぶ。エルヴィン団長の考えが全く読めない。オルオと共にリヴァイ班の待つテーブルにつくと、ウォールマリア内の地図が広げられていた。出発のカラネス区が赤く丸で囲まれている。班の編成が書かれた紙には付箋が貼っており、その付箋上でも兵長と兵士長補佐官の攻防の跡が見えた。子供じゃないのだから、口上で話し合って欲しい。エルドは大量に貼られた付箋をはがしながらエレンに悪いな、と言った。

「本当に仲が悪いんですね」
「ああ、兵長と名無し補佐だろ?俺達はもう慣れちまったよ」
「兵長も名無し補佐も揃うと機嫌悪くなるのが面倒なのよねえ。個人個人はとても優秀でいい人なんだけど」
「俺は名無し補佐が意地になっているのが悪いと思うぜ」
「兵長の態度も十分問題だと思うが。毎回舌打ちされちゃ辛いものがあるだろう」
「意地って、なにかあったんですか?」
「名前さんは訓練兵首席のキャリア組だし、あの性格から分かるように矜持が高い。一方、兵長は団長が抜擢してきたゴロツキだって噂だ。兵長の実績が認められても名前さんは彼を認めなかったらしい。そんな彼女への移動命令が団長班から兵士長補佐だ。兵長が自分の上に立つのが我慢ならないと…まあ、聞いた話だけどな。いろいろあったんだろう」

ナナバ班前衛と名前らしき字が書かれた付箋のうえに大きく青いバツが書かれ、リヴァイの字で補給と書かれている。それに対して名前の字で却下と書かれていた。ナナバ班の実績が貼られているそれらをエルドが剥がした。

「剥がしてしまって大丈夫なんですか?」
「ああ。補佐官がもう書類にまとめたって言っていたからな」
「……」
「あの、これは大丈夫なんですかね?」

エレンが指さした付箋には「名字、リヴァイ班と別行動」とあった。それを見て全員が唸る。もともと名前はリヴァイ班の一員ではなく、あくまでリヴァイの補佐である。今回の調査では行動を別にするとかしないとかで揉めているらしいとハンジも言っていた。

「補佐官がいてくれたほうが心強いけど……」
「まあ上の計画でなにかあるんだろう」
「補佐官が班を持つって話?」
「いや、それは無くなったらしい。団長の班かミケ分隊長の班に入るんじゃないか?」
「……意地でも兵長と同じ班は嫌なのね……」
「リヴァイ班、ってフレーズが気に入らないんじゃないのか、ってハンジ分隊長は言っていたが……」

まるで子供の我儘だ。名前の思いがけない一面にエレンは苦笑いを浮かべた。馬が合わないのかソリが合わないのか知らないが、組織としてどうなのだろうと思ってしまう。エルヴィン団長の考えることはやはりよくわからなかった。

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