25

  
黒いワンピースに身を包んだミカサが名前の前に立ちふさがった。その目はあいも変わらず厳しい。何か用ですか?と尋ねた名前にミカサは赤く塗られた唇を開いた。

「エレンを知らない?」
「エレン?知らないけれど…どうしたんですか?」
「エレンがいないの」
「悪いけど今日はエレンを見ていませんよ」
「そう」

ミカサは唇を小さく噛み、ありがとうとお礼を言った。この城は広い。人探しも楽ではないのだと思い知った。

「ミカサさん、アニ達を知りませんか?私も探しているんだけど。てか、アニ達の私室を知りたいんですけど……」
「彼らは中庭に入る前の居館に住んでいるはず」
「わかった!ありがとう!」

思えば名前の行動範囲は、中庭と、中庭の挟むようにある東西の居館、塔くらいだった。そういえば城壁塔なんかもあったな、と思い返す。今度行ってみよう。名前はミカサに言われた通り、中庭を抜け、小さな居館の前に立った。鐘がついているが、鳴らさなくてもいいだろう。大扉に手をかけると僅かな抵抗のあと扉はゆっくりと開いた。

「アニー?ライナー?ベルトルト−?」

名前は大きな声で彼らを呼ぶ。返事を待ったが何も聞こえてこなかった。静まった空間を足音で騒ぎ立てるのも億劫で、名前は気配を殺すようにして歩く。そうすると自然に気配に敏感になるものだ。二階に誰かいる。名前は階段を軋ませないよう気を配りながら二階へ上がった。踊り場で息を殺し、人の気配を探る。左の方からものを落としたような音が聞こえた。

「ここかな?」

部屋の前は円状のホールになっており、扉のデザインも一層豪華だ。恐らく部屋の中はダンスホールなのだろう。名前はそう推測した。金色の取っ手に手をかけて勢い良く引く。隙間から飛び込んできた光景に目を瞬かせた。エレンが華麗に宙を舞う。そのエレンを投げ飛ばしたのはアニだった。扉が開いたことでアニが名前の方を向いた。

「おじゃまだったみたいですね」
「いや、別に一段落ついたし。なんか用?」
「ライナーとベルトルト知りません?聞きたいことがあるんですけれど」
「あいつらなら三階の奥の部屋にいると思うよ」
「分かった。ありがとう。あの、エレンにミカサが探していたって伝えといてくれますか?」
「ああ」

エレンは床にたたきつけられて気絶しているようだった。白目を向いているエレンに憐れむ目を向けた。
それにしてもアニは強い。ライナーより強いかもしれないと思った。今度是非稽古をつけてほしいものだ。名前はアニから伝えられた通り、三階に向かった。三階に着いたはいいが、どこの奥なのかはわからない。仕方ないので名前は右から進んだ。一番奥の部屋をノックし、開ける。

「あ、いた」
「名前さんか?どうした?」
「二人に聞きたいことがあって」

ベルトルトは本を読み、ライナーは筋肉トレーニングをしていた。腕立て伏せを一旦中断したライナーは名前を快く招き入れた。進められるままに椅子に座る。古い木でできた椅子なのか、動くたびに軋んだ。ライナーは汗を拭い、水を飲む。

「聞きたいことってなんだ?」
「ライナー達が城から出たい理由って本当にこないだ教えてくれた理由?」
「まだ疑っているのか?」
「疑っているわけじゃないんだけど、リヴァイさんに聞いたの。私のいた街がライナー達がかつていた町だって。もう実験は行われていない。二十三年前に教皇が変わったせいで異形は一掃された。教会の手の中に交配種はもういない」
「そうか……いや、あんたも交配種だったのか?」
「……ダンピールだったみたいです。私もつい二日前に知りました。自分でも信じられない」
「そうだったのか……」

ベルトルトが目を大きく見開いて名前を凝視している。名前は小さく笑ってみせた。ベルトルトは目を伏せてしまう。

「名前が言いたいのは、俺達にはもう城を出る理由がないってことだろう?」
「ええ、それに、私はもうこの城を出るつもりはありません。あなた達は私も同行する前提で話を進めていたと思うんだけど……」
「そうだな……」
「私を連れてどこに行くつもりだったんですか?」
「あの街だ」

ライナーの目を名前はじっと見る。名前の悪いところは思い込みの激しいところだ。そしてなんでもかんでも疑ってしまうところも短所である。ライナーは誤解を解くように手を振ってみせた。考えすぎたと笑う。

「確かに出る大義は失ったな。でも、俺達はこの環境から抜け出したいんだ。もう十分すぎるほどこの城で過ごした。そろそろ外に出て、人間として生きたい…死にたいと思っている。五十年ぶりに外の人間……人間だと思ったあんたに会ってから、もう我慢ができなかったんだ。今でもあんたは俺達にとって、希望なんだ」
「……今まで人間、しかもハンターとして過ごしてきました。でも、私はダンピールだった。この城の中ならば何も気にせずに暮らせます。私はここを出る気は無いですが、あなた達の心臓の場所を教えるくらいのお役には立てるかと……」
「見つけたのか?」

名前は頷いた。偶然だが、見つけてしまった。彼らが本当にそれだけの理由で外に出たいのならば、名前はエルヴィン相手に交渉してみせよう。ライナーとベルトルトの視線が交差した瞬間、名前は床に転がっていた。

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