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一度膨れ上がった衝動は抑えられない。ライナーは唇を噛み締めた。椅子の足を折られたらしいと気がついた時のにはもうすでに遅く、名前は後ろから床に倒れた。既の所で身体をねじり、手をつき、頭を守る。ライナーたちから距離を取ろうとするも、時はすでに遅く、名前の身体はライナーによって拘束された。うつ伏せの名前の背にライナーの膝が食い込む。がっちりと拘束された腕はベルトルトによって何重にも縄を巻かれた。

「嘘はついていない。だが、俺達は自分たちの心臓を取り戻し、自分たちの名誉を取り戻したいんだ。それはここにいてはできない。教会を打倒する必要があるんだ」
「……西の塔のクリスタの名誉じゃないの」
「そうだな。あいつの名誉もだ。俺達はクリスタを掲げて、この世界をあるべき姿に戻す……名前さん、心臓はどこだ?」

手は後ろでくくられたまま、ベルトルトは名前を椅子に括りつけた。硬い椅子に名前の眉間には皺が寄る。拷問でもされるのかと名前は天井を仰いだ。

「クロルバの外はお前にとってももう関係のない世界だろ?俺達の小さな革命を見逃した所でなにも困らないはずだ」
「私はここで生きると決めたけど、外の世界を捨てたつもりはありません。外の世界は平和よ。あなたたちにとっては偽りの平和かもしれないけど、その平和に救われている人も大勢いるの。その人達のことを考えると、私は革命なんか認めない」
「多数が幸せであれば、少数は犠牲になっても構わないと?」
「ええ、構わないわ」

名前は言い切った。ライナーは顔を歪める。彼女は知らない。五十年前に何があったのか。宗教革命とも言われるそれは、ライナー達の故郷を蹂躙し、縋るべき神を奪った。抵抗するものは殺された。そんな奴らが牛耳っている世界は間違っている。だが、名前には何をいっても伝わらない。彼女は何も奪われてはいないからだ。ライナーの言葉に名前は強く頭を横に振った。

「私の町は、私を残して全滅した!街を侵したのは吸血鬼じゃなかった、教会だった!それでも、私はその平和を愛します」
「それは偽善だ」

ベルトルトは言い争う名前とライナーをただただ見るだけだった。鼓動が伝わることのない心臓に手を当て、何かを耐えるような顔をする。

「お前は所詮ダンピールだ。俺達の気持ちはわからないだろうよ」
「そんなっ……」

人間だったら分かり合えるとでもいうのだろうか。名前の顔が悲痛に歪んだ。ライナーは彼女の前に膝をついた。目線を合わせてもう一度問いかける。

「俺達の心臓はどこだ?」
「言えないわ」

殴ろうと手を上げたライナーだが、何を思ったか、その手を下げた。悲しそうな目が揺れる。ああ、ライナーも苦しんでいるんだと名前は感じた。だが、彼らがどんな心境でことに及ぼうとしているのかは関係無い。ライナー達を解き放ってしまうと、外の世界に影響が出るのは確かだからだ。

「ベルトルト、名前に口枷をしろ。行くぞ」

ライナーの指示通り、ベルトルトは名前のに布を巻き、頭の後ろで結んだ。ライナーは怪しげな香を焚く。名前を部屋に置いて彼らは出て行ってしまった。香は眠気を促進するものだったのだろう。十分ほどで名前の意識は落ちた。


■ ■ ■


西棟にいたクリスタは盛大な足音を立てて登ってくる人物に驚きを露わにした。共にいたユミルは警戒の目を向ける。足音に負けない大きさのノックが響いた。クリスタが扉を開ける。そこにいたのはライナーとベルトルトだった。

「クリスタ、心臓を取り返せるぞ。ここから出られるんだ」
「え?どういうこと?」
「お前たちの心臓も取り返せるものが手に入ったんだよ。外に出て、お前の世界を取り戻そう」
「オイ、まてよライナー」

クリスタの腕を掴むライナーの手をユミルが叩いた。いきなりのことでクリスタは目を回している。そんなクリスタをかばうようにユミルは前に出た。

「確かにクリスタはここに逃げてきた。つまり、クリスタにとっては外より中の方が安全だってことだ。それでもお前はクリスタを外に連れて行くつもりか?」
「ああ。クリスタは俺が守る。クリスタもおやじさんの名誉を晴らしたいんだろう?」

ライナーの勢いに圧倒されたクリスタはこくりと頷いてしまった。ベルトルトはやれやれと額に手を当てる。ライナーは猪突猛進だ。クリスタの手を引き、塔を降りていく。ユミルもため息をつきながら後を追った。

「ライナーに任せっぱなしでいいのかい?ユミル」
「ああ。どうせこの街もいずれきな臭くなるんだ。それに、クリスタもいい加減ここには飽きたみたいだしな。父親の墓を立てて墓参りがしたいらしい」
「……」
「あたしはクリスタが側にいればどこでもいいんだよ。ベルトルさん」

ユミルはそういって、クリスタの後を追った。

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