07

目を覚ました猿飛の視界に入ってきたのは見知らぬ天井だった。枕元に置かれた赤い眼鏡をかけて、ここはどこかと見渡すと向かいの壁に凭れかかって寝ている名前がいた。ここはもしかしなくても名前の家か。目を擦ったところでマスカラに引っかかる感触がし、化粧を落としていないことに気付いた。昨日は銀時の席で飲んで…潰れたらしい。だが、どうして名前の家にいるのか。寝ている名前を起こすか起こさないかで迷った後、猿飛はとりあえず化粧を落とすことにした。一つしかないドアを開けて、お風呂場を勝手に拝借する。名前も別に気にしないだろう。化粧落としのオイルと洗顔を借り、さっぱりしたところでタオルも借りた。タオルからは名前の匂いというか、洗剤の甘い匂いがする。そういえば数日間だけ香水をつけてきたこともあった名前だが飽きたらしく最近はまったくつけていない。ついでに出しっぱなしの化粧水と乳液も借りた。視線を上げ、アルコールと寝不足で浮腫んだ顔の映る洗面所の鏡を見て溜息をついた。いくら頑張って着飾っても銀時のそばを飾る女の人達のようにはなれない。猿飛の涙腺が緩みそうになった時、玄関から開錠する音が聞こえた。

「(誰……?)」

そっと息を潜め、忍者のように玄関の方を窺う。名前の母でも訪問してきたのだろうか。それとも、合鍵を渡すような人がいたのだろうか。黙ってここにいても存在に気付かれるのは時間の問題だ。施錠する音とビニール袋のこすれる音。名前のいる部屋に戻れない猿飛は仕方なく玄関に向かった。そこにいたのは母親らしき人ではなく、二十代前半の男性。名前は昨日サークルの飲み会だったといっていたから、もしかしたら先輩か。無言を貫く猿飛に勝手に鍵を拝借して出かけていた高杉は視線を上げた。

「……お前、起きたのか」
「あっ、はい……えっと?」
「名前は?」
「まだ寝てますけど」

猿飛にコンビニの袋を押し付けるようにして横を通り過ぎた高杉は未だに壁に凭れて熟睡する名前を抱え、数分前まで猿飛が寝ていた布団に寝かしつけた。ついで猿飛の手から袋を取り、キッチンへと向かう。勝手知ったるように小さな冷蔵庫を開けて、先ほどコンビニで買ってきた食料を入れていった。コンフレークに500mlの牛乳、野菜ジュースに冷凍食品にカップ酒。カップ麺や菓子パンは電子レンジの上に置かれた。どうしていいか分からず、廊下に立ちすくむ猿飛に高杉も微妙に困惑した。猿飛は高杉のこと、どこかでみかけたかもしれない、という認識しかないし、高杉も名前の友達で銀時の客としか認識していない。気まずい空気が漂う中、名前が寝返りを打った拍子に彼女のスマートフォンが光った。

「俺は帰る」
「あ、はい……あの、どちらさまですか?」
「銀時以外眼中にないってか。俺も攘夷で働いてるんだがな」
「あっ……」

そういえば入口の写真にいたかもしれない。思い返した猿飛はそんな彼がどうして名前の部屋にいるのか疑問に思った。あるわけないが、銀時がここにいたなら、まあまだ状況は分かる。しかし、何故高杉がいるのか。もしかしたら名前も攘夷に通っているのか。で、アフターついでに送ってもらったとか。名前とホストクラブが全く結びつかない。困惑する猿飛に少し笑った高杉は名前の寝ている部屋を少し覗いたあと帰って行った。


■ ■ ■


一度サボり癖がつくとなかなか治らない。今週はもういいや、来週から行こう。なんて考えだした名前は水曜日から大学を自主休講していた。もともと金曜日はオフ日として講義をいれていないので実質被害は木曜日分だけだ。高い学費を払っている親が知れば泣くだろうが、やる気がでないのだから仕方ない。水曜日、高杉が帰ってからしばらくしたあと目を覚ました名前は猿飛に状況説明をしてあげた。もちろん高杉との関係も聞かれたが、「前、先輩に連れて行ってもらった時に知り合ったの」とだけ言っておいた。猿飛の恋愛に首を突っ込もうとした話はもちろんしない。どうやら高杉も何も言わなかったようだ。

冷蔵庫に入れられた大量の食品に申し訳ない気持ちもあるが有難さが勝った。これで買い物に行かなくて済む、と名前は味噌味のカップラーメンをすすりだした。ちなみに菓子パンは明後日までの賞味期限である。夜食か、起きられたら明日の朝に食べようと手をつけていない。昼過ぎに起きていきなりカップ麺はちょっとヘビーだが、そこは若さでなんとかなる。高杉にお礼をするのに、メールか、電話をするか迷った挙句、メールにした。基本絵文字も顔文字も使わずに点と丸のみでメールを作成する名前のメールはしっかりお礼を述べているが、彼にとって破格の待遇をした上に、期待していた高杉にとっては味気ないことそっけなかった。珍しく開店前に攘夷に来ていた高杉だが、名前のメールを見て機嫌が悪くなった。察しのいい新八は高杉が今日もボイコットしないよう必死に頭を回転させた。銀時なら甘味で釣れる。しかし高杉はそんな単純な頭はしていない気がする。

「た、高杉さん……?」
「あ?」
「イライラしてるときはアルコールですよ……今日は予約満杯ですし、No1目指して頑張ってくださいね」
「志村ァ……」
「……はい」
「失せろ」

すみませんでしたァァァァ!!と体育会顔負けの謝罪をしたあとさりげなくタバコを高杉のテーブルに置いた志村はやればできる男だった。

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