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デパートの地下の化粧品売場で化粧をされた名前はリヴァイとレストランで夕食を取り、バーで酒を飲み、ほろ酔いで帰宅した。リヴァイも酔いが回っているのか気だるそうである。幸い明日も休日。さっさとシャワーを浴びてベッドに連れ込み眠りたい。玄関で靴を脱ぐ名前の項を眺めながらリヴァイはそんなことをぼんやりと思っていた。

「おい」

名前はリヴァイの声に振り向く。だか、リヴァイは振り向いた名前ではなく、廊下の先を見ていた。声を掛けられたのは気のせいだったのだろうか。名前は靴をぬぎ、綺麗に揃え反転させてから、顔を上げた。

「え」
「上官の呼声をシカトとはいい度胸だな名字。お前にはまだ躾が必要なようだ」
「兵長!?」

名前は声をひっくり返した。廊下の壁にもたれ掛かっていたのは調査兵団の制服をきたリヴァイだ。つまり、名前が知っているリヴァイ兵士長である。素っ頓狂な声を上げた名前が背後のリヴァイを振り向く前に、リヴァイは名前を背に隠した。リヴァイによってつけられた明かりによって廊下が明るくなる。兵士長のリヴァイは自分と瓜二つの存在が名前を背に隠した光景に眉を寄せた。

「…………」
「…………」
「………………あ、あのぅ」

沈黙に耐えられなくなった名前がリヴァイの後ろから姿を表し、兵士長リヴァイを見つめる。どうして彼がここにいるのだろうという疑問は浮かばなかった。おそらく彼も洗濯機から出てきたのだろう。手招きされた名前は素直に兵長のもとへ歩み寄った。それをリヴァイが止める。

「…争いごとは好きじゃない。まずは、話し合いだ」

ダイニングテーブルに腰を下ろした二人を見て、名前はどちらの隣に座るか迷った。むしろ立っていたい。だが二人の視線が其れを許さなかった。ひとまず名前はコーヒーを淹れると言って逃げた。

「逃げやがったな」
「……」

コーヒーを入れるごときでそう時間は掛かってくれない。数分後、しぶしぶと現れた名前は二人の前にカップを置き、迷った挙句、兵士長の隣には座らなかった。リヴァイは勝ち誇ったような顔をする。大きな舌打ちに名前の肩はびくついた。

「まあいい。おい名前よ。お前を追って井戸の中に落ちたらこのざまだ。此処はどこだかよく分からないが、戻るぞ」
「えっと、戻れるんですか……?」
「あの変な箱から出てきたんだ。あそこに入ればまた戻れる。俺はさっき試した」
「……」

そういえば来た時以来、洗濯機の中に入ったことはなかった。なぜならリヴァイがそんな危険な真似を許さなかったからだ。あっさりと戻る方法を提示されて名前の目は泳ぐ。兵士長の前で戻りたくないとはどうしても言えなかった。すると隣に座っていたリヴァイが待ったをかける。

「聞いていればなにをごちゃごちゃと。帰るならお前だけ帰ればいい」
「あ?名前は調査兵団の団員だ。連れて帰るに決まってんだろ」
「却下だ。こいつは俺と此処で生きることを選んだ」
「知るか」

兵士長の貧乏揺すりがテーブルを揺らしコーヒーに波紋を作った。名前はリヴァイとリヴァイの遣り取りを呆然と眺める。下を向いているとどちらがしゃべっているのかもわからなくなりそうだ。

「名前は心臓を捧げた身だ。逃亡は死罪と決まっている。もし拒むのならば俺が此処で斬ってやる」

コーヒーを啜りながら兵士長は名前に目で問うた。彼女には彼女なりの事情があるのかもしれないが、一兵士の私情などいちいち考慮していては組織は回らない。ここがどこであろうと、名前は調査兵団の兵士でありリヴァイの部下だ。

「名前よ。お前が自分自身で決めろ。だが長くは待てない」

名前は自分の手が震えているのに気がついた。ここでの暮らしは平和で贅沢でなによりも名前が渇望していたものだった。兵士として命を懸けることもなく、女として着飾り、食を楽しめる。だが、名前の本来の居場所はここではないのだ。顔を上げた名前の手を隣のリヴァイが咄嗟に掴んだ。決意に満ちていた顔が呆気無く崩壊する。リヴァイは名前の首に手を回し、兵士長のリヴァイが見ている前で名前に口吻た。自分と瓜二つの顔が名前とくちづけを交わすのを見せつけられ、兵士長はぎょっとする。マグカップを乱暴に置き、机越しに腕を伸ばして二人を引き剥がした。

「気持ち悪ぃもん見せつけんじゃねーよ」
「ふん。名前は俺と将来を誓った。もしかしたら腹に子がいるかもしれん。そんな女をみすみすと返すと思うのか」
「…………」

兵士長のリヴァイは名前を睨みつけた。そして失意の表情を浮かべる。孕み女が兵士に戻れるわけがない。立ち上がった兵士長に名前も釣られて立った。まるで裏切られたかのような兵士長の表情に名前の良心が痛んだ。なにか釈明をしたかった。だがそれは上手くまとまらない。結局、この半年間、名前は巨人の恐怖から逃げてきたのだ。

「名前・名字」
「はっ」

兵士長の声に名前は咄嗟に敬礼の姿勢を取った。あっと声を上げて気まずそうにリヴァイをみる。少し考えさせて欲しい。リヴァイ兵士長には壁外調査で何度も命を救われた恩があり、彼を裏切るような真似をしたくはない。だが、リヴァイにも同じく恩も情もある。あっさりと帰れるわけもない。

「普段は向こうにいて、休日はこっちにもどってきたり、はい、うん、ダメですよね………すみません」

両方に睨まれた名前の声は尻すぼみになっていく。白か黒かでは割り切れないのだ。昼ドラを思い出す。双子の兄弟に取り合われる女を羨ましいと思っていたが、撤回だ。とんでもない。名前の今の心境を一言で表すなら、超逃げたい、だ。兵士長の睨むような目も、リヴァイの信頼しきっている目も今の名前には辛すぎる。目を泳がせ続ける名前に痺れを切らした兵士長はとりあえず彼女に自分の兵団服を持って来るように言った。逃げ道が現れた、とばかりにいそいそと寝室に消えていく。残されたリヴァイとリヴァイはお互いに睨み合った。

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