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少し時間はかかるだろうとは思ったが、あまりにも長過ぎる。どうやらお互いそう思ったらしく、リヴァイは席を立ち、寝室に向かうと兵士長のリヴァイもその後に続いた。扉をノックなしにあけると、兵団服に着替えた名前がワンピースを胸に抱えてうなだれていた。

「おい」
「………あ、すみません」
「あいつは服を持って来いとは言ったが着て来いとは言ってない。嫌ならそのワンピースにまた着替えればいい」
「ふん。持ってこいを着て来いに解釈したのは間違いない。おい名前、さっさと来い」

しぶしぶ立ち上がった名前だが、手にもったワンピースは手放さなかった。洋室の扉を締め、ダイニングの真ん中で名前は立ち尽くす。腕組みをした二人は眉間の皺のより方まで本当に瓜二つだ。きっと洋服を交換してシャッフルしたらどちらがどちらかわからないだろう。異世界なのかパラレルワールドなのかわからないが同じ人が二人いるというのは本人たちからしてもとても気持ちの悪いものだろう。

「名前、お前のやるべきことはなにか、分かっているのだろう?」
「…お前の悔いのない方を選べ」

名残惜しげにリヴァイを見た後、名前は渋々と兵士長の前に膝をついて、心臓を捧げる仕草をした。自由の翼を胸に刻んだリヴァイは名前のマントの留め具を締めた。リヴァイの目が曇る。名前が調査兵団の制服を身にまとっていたときからこうなることは想定できたのだ。だが、それを覆すことはできなかった。リヴァイが名前を引き止めるには、名前が自分の甘さを認めなければならない。巨人と戦うことを放棄し、贅沢で平和な世界を望むのは、甘えである。リヴァイが愛した名前は、甘えを許さない女だった。

「ごめんなさい。私にとってここで過ごした年月は夢でした。夢は夢でしかないのに、私はあなたに甘えてしまいました」
「……そうか」
「でも、リヴァイさんからいただいたものは私にとって大切なものです。私は、ここで得た幸せを糧に戦えます」

戦わなくていい、とは最後まで言えなかった。名前はワンピースを握ったままリヴァイに抱きついた。万感の想いを伝えるように背に手を這わせて力を込める。リヴァイもありったけの愛情を伝えるように彼女を抱いた。出会ったのは偶然ではない。きっとなにかあるはずだ。名前はリヴァイから離れ、その手にワンピースを押し付けた。流れ落ちていく涙が惜別の念をありありと伝えてくるのだ。

「ありがとうございました」
「……名前」
「もし、私が私としてこの世に居れたのならば、こんな幸せなことはなかったでしょう。それが少し、残念でもあります」

行くぞ、との呼びかけに名前はリヴァイ兵士長の後ろについて部屋を出て行った。追いかける気はしなかった。彼女は元の世界に戻ることを決意したのだ。リヴァイはそれを尊重しなければならない。名前の頬に涙が見えたとしても、それを拭う権利はもう無かった。

「……忘れてしまえ。お前が言ったとおり、夢なんだろう」

兵士長のリヴァイは名前の涙を乱暴に拭った。自ら決断したのだ。泣くことは許されない。洗面所でリヴァイは名前の背をそっと押した。ブーツを手に持ち、名前は足から入っていく。戻れなければいいのに、と思ってしまった。

「手を放せ」

名前が洗濯機の縁から手を離すと底が抜けた。浮遊感と落下感、無重力感が名前を襲う。風圧で解けた髪が上に流れているのをみて、落ちているのだと再確認した。腰と足に衝撃を受け、名前は呻く。土と湿気の匂いに戻ってきたのだと知った。上を見ると切り取られた丸い空が見える。

「……兵長、着地に失敗したようで足を挫きました」
「グズが」

そういいながらもリヴァイは名前の足首を自分の膝に乗せチェックした。確かに少し腫れている。腫れが落ち着くまで井戸の中で休ませたほうがいいだろう。悪化するようならば、リヴァイが背負って登ってもいい。まくり上げた裾を戻し、リヴァイは自分のマントを名前の頭にかけた。

「お前の足が落ち着くまで暫し休憩だ」

腰から信煙弾が抜かれた。ぱしゅ、と音がする。リヴァイは名前から少し離れた。そして上をみる。丸い空の中からハンジとエレンの顔が覗いた。無事だと合図する。上から聞こえてくるみなの安堵の声に紛れて、名前のすすり泣く声が聞こえた気がした。


■ ■ ■


顔色が悪い、自室に戻れと命令された名前は部屋に戻った。虚無感と心細さが襲いかかり、どうしても泣きたくなる。溢れ出そうな涙を抑え、名前は机の中の手帳を取り出した。イルゼの遺品の模造品だ。イルゼのためにも、ウォール・マリアを奪還しなければならないという覚悟を込めて、名前は彼女の日記を一字一句書き写していた。

「……え?」

はじめから読み始めた名前はイルゼ以外の筆跡に目を瞬かせた。少しくせのあるこの文字は名前の字だ。その文字を追っていくたび、名前の気持ちは少しずつ浮かれていった。これは夢だ、と何度も書かれている。どうやら向こうの名前がこちらに来ていたらしい。彼女はリヴァイ兵士長に淡いあこがれを抱いていたらしい。なんという皮肉だろうか。名前は椅子に座り、筆を取った。あの日々を文字として残しておこう。いつかきっと忘れてしまうから。

END

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