21

 
名字は旧調査兵団本部の門の前でハンジを待っていた。いつもの夢通り、調査兵団の制服に身を包んでいる。ほどなくすると前方に土煙が見えた。ハンジを筆頭にハンジ班のメンバーが近づいている。名字は手に持ったランプを大きく振った。暗闇のなかで門の位置を合図するのが彼女の仕事だった。

「やあ、名前。遅くなってごめんね」
「いえ。エレン達は夕食を終えて食堂で雑談しているようですよ」
「わかった。馬はケイジに任せよう。あなたも一緒に来てくれ」

馬の手綱をケイジに押し付けたハンジは名字の手を引っ張って食堂へと向かわせた。勢い良く扉を開くハンジのせいで小さなホコリが舞う。リヴァイはその埃がコーヒーに入らないよう手でカップを覆った。

「名前、次の壁外調査ではハンジの班に戻れ」
「はい」
「一時的にだ」

エレンがハンジの地雷を踏んでしまった。巨人について話し始めるハンジから逃げ出す皆に続いて名字も部屋を出た時、リヴァイにそう言われた。なんとなく予想はしていたのだ。リヴァイ班のなかに名字の名前は無かった。ならばハンジの班に戻されるのが妥当だろう。不服ながら頷いた。

「エルヴィンへの報告書、頼んだぞ」

リヴァイは私室に戻っていった。名字も自分の部屋に戻る。リヴァイに頼まれた報告書に取り掛かる前に机の引き出しから日記帳を取り出した。名字がこの夢を見るようになってからつけはじめた日記だ。場面は変われどいつでもそれは側にあった。このノートの表紙にはイルゼ・ラングナーとある。確かに最初の方のページにはイグゼの手記があった。どうやら彼女は殉職したらしい。

「ユミルってあのユミルちゃんかしら?」

一般職だが、エレンの同期にユミルという女の子が居たはずだ。今日あったことを書き留める名字の部屋のドアがノックされた。椅子から立ち上がりドアノブを握る。訪問した人物に目を開いた。


■ ■ ■


床に落ちた服をそのまましまうわけにはいかないので、名前が掘り出した彼女の服はリヴァイによって洗濯された。洗剤を入れて蓋をしめるリヴァイは洗面所を掃除する名前を後ろから抱きしめた。

「わっ。どうしたんですか?」
「いや。なんとなくだ」
「そういえば歯磨き粉が無くなりそうですよ。後で買い物行きましょう」
「ああ」

鏡の水汚れを取るために握っていた布巾を捨て、名前はリヴァイに向き直った。リヴァイは腰に回した腕解いて彼女の腹部をつついた。心なしか体全体が柔らかくなった気がする。贅肉を摘まれた名前は眉を寄せる。丸くなった自覚はある。

「もっと太れ」
「大分太ったと思うんですけど」
「大分抱き心地は良くなったな」
「……」

単純に摂取する栄養量が増えたこともあるが、筋肉も落ちている。ランニングは毎日しているものの、立体機動を使わないトレーニングでは足りない部分もある。耐G力も落ちているだろう。心細げに鏡を見る名前を慰めるようにリヴァイは頬を寄せた。

「名前よ。戻る気はないのだろう。ならば気にすることはない」
「まあそうなんですけれど、いままで積み重ねてきた訓練を思うと惜しいなあって」
「……」
「痛っ!抓りましたね!酷い!」
「洗濯物は風呂場に干しておけ」

ぎゅっと脇腹を摘まれて名前は悲鳴を上げる。シャツの下から摘まれたため爪も食い込んで痛かった。いきなり何をするのだ。睨む名前を気にもとめずリヴァイは離れた。昼食を作りに行くのだろう。名前は戸棚の整理を終えて風呂の掃除に取り掛かった。シャンプーやら洗顔料やらを一旦風呂場の外に出し、洗剤を吹きかける。スポンジで擦ってシャワーをかけ、湯垢を落とした。熱中してやっていると洗濯機が機械音を止め、終わりを告げた。

「さて、干すか」

鏡の水垢も綺麗に落とし、棚の上を拭き、風呂場の掃除を一旦切り上げることにした。石鹸類を元あった場所に戻した名前はハンガーを脇に挟み、洗濯機の蓋を開けた。

「ぐあっ…!?」

洗濯機の中から現れたものに飛び退いた名前は強かに背中を風呂場のドアに打ち付けた。ガシャン!と大きな音がなる。これは腕だ。何かを探すように洗濯機のなかから飛び出た腕はぶらぶらと揺れる。気配を殺すように口元に手を当てて息を殺した。間違いなく、巨人の腕だろう。

「名前…?今の音はどうした?」

派手な音を聞きつけたリヴァイが洗面所の扉を開けようとするのを名前は必死に止めた。洗面所の扉は引き戸だ。名前が足を伸ばし、必死に開かぬよう押さえつける。声に反応したのか巨人の腕は扉の方に揺れた。僅かに扉に届かない腕は手招きをするようにふらふらと揺れている。

「名前?」

開かない扉と答えない名前に疑念を抱いたのか、リヴァイは再び声をかけてきた。力ずくで開けようとするのを名前も必死で抵抗する。もしもリヴァイがあの腕につかまったら。想像するのも嫌だ。名前は震える体を必死に止め、打開策を考えた。

「…開けろ、名前」
「ダメです!」

力を込めるも、リヴァイが力技で扉をこじ開ける方が早かった。リヴァイは目の前の大きな手に目を開く。そして倒れこむ名前に視線を走らせた。名前の声に反応した腕が彼女の足を掠める。慌てて足を引っ込めた名前はその指を蹴っ飛ばした。腕は驚いたように少し引っ込んだ。そして躊躇いがちにもう一度伸ばされる。名前の脳裏にある可能性が浮かんだ。

「もしかして、エレン…?」
「エレンだと?」

名前は恐る恐る巨人の手に手を伸ばした。ぺたぺたと触る。名前の側に来たリヴァイが彼女の腕を引き寄せ巨人から離す。それでも伸ばされた手をリヴァイが払うと、目の前の腕は蒸発して消えた。

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