04

また変なキャッチに引っかからないよう駅まで送るという高杉の言葉にうなずき、名前は鞄を手に取った。特に何も話すこともなく無言で横を歩く名前がデパートのショウウインドウに写った時、高杉はあることに気付いた。ヒールを履いた名前の方が背が高い。名前の足元を見ると五センチ以上はあるサンダルを履いていて、イラッとした。自分より背の高い女は好きじゃない。それ以上にヒールの高い靴も好きじゃない。衝動にまかせ俯いたまま歩く名前の後頭部を軽くはたいた。名前の耳についていた大きなイヤリングがしゃらん、と音を立てる。

「痛っ!急に何するんですか!」
「そんなしけた面で俺の隣を歩くんじゃねーよ」
「失礼な!もともとこんな顔です!」
「ヒール高けーんだよ」
「何なんですかもう!身長大きくてすみませんね!スタイルだけは唯一誇れるんです!」
「……胸ねーぞ」

今度は名前の手が高杉の後頭部を襲った。ぎろっと今にも人を殺しそうな目で睨まれるが度胸だけあるのが名前だ。自業自得です、と言い捨て横断歩道を渡る。後ろ姿は確かに綺麗だと思った。駅ビルはすぐそこだ。くるりと高杉に向き合った名前は一応頭を下げた。染めたことのない髪が揺れる。

「送っていただき、ありがとうございました」
「気をつけろよ」
「はい……まぁ、なんとゆーか、お仕事頑張ってくださいね」

あんな話をしたあとに「お仕事頑張ってくださいね」なんて言われるとは思わなかった。ここであったのも何かの縁。高杉の中で名前は少しだけひっかかる存在になっていた。興味が少しだけ湧いている。連絡先を聞いておくか、否か。ここで何か繋ぐものを築いておかなければ、きっともう会うこともないだろう。名前がホストクラブに通うようになるとは到底思えない。

「連絡先、寄越せ」
「え」
「またなんかあったら相談乗ってやらァ。暇つぶしに丁度よさそうだしな」
「げっ」

渋る名前を半ば脅して連絡先を交換させた。傍から見れば強引なナンパのようだ。高杉が携帯に送られた名前の電話帳ページを見ると何故か住所まで入っている。本当に危機管理能力が欠如してるというかなんというか。恐らく、一人暮らしだから忘れないようにと入力したのだろうが、それごと相手に送ってどうする。ストーカー被害に遭っても知らねェぞ、と言ったら「そんな物好きいません。あ、でも念のため住所は消して登録しておいてくださいね」と返ってきた。もう一度頭をさげてから人波に消えていく名前の後ろ姿を見送った。


■ ■ ■


講義中にスマートフォンを弄るのはデフォルト。最後列に陣取った名前と沖田は壁に設置してあるコンセントから持参したタコ足延長コードを伸ばし、充電しながらラインでやりとりしていた。口に出して会話しないのは周囲への配慮である。真面目な人を邪魔するのは沖田のポリシーに反するらしい。けれども講義に耳を貸さないのも沖田のポリシーだ。食堂で何を食べたいか、というくだらない内容をもう五十分間も続けている。あと講義は四十分間。いきなり大量のマヨネーズの写真が送られてきたときは思わず吹いた。前に座っている志村妙が振り向いたので慌てて咳払いをする。

「ちょ、これ何よ」
「土方さんの冷蔵庫でさァ」
「マヨネーズ好きとか言ってたけど、これすごくない?」
「あの人は白米にもマヨネーズかけやすからな」
「うそでしょ?」
「マジでさァ。ほら証拠写真」

カレーライスに大量のマヨネーズをぶちまける土方。驚きを通り越した感動に指が止まった。合成写真かと疑ったが、先ほどのマヨネーズの写真もあってなんとも言えない。名前の絶句する様子を見て沖田が必死に笑いをこらえていた。土方といえば新入生でも有名な美男子である。神威や沖田も有名だが、後の二人と違い、土方は真面目な学生だ。今も最前列で教授の講義を聞いているし、きちんとノートもとっている。珍しく名前と沖田が講義にでているのも土方に連れてこられたからだ。近代史の授業。坂本助教授の笑い声が響く。

「山崎に出席カード頼んで抜けやしょう」
「いいよ」

沖田は自分と名前の出席カードを隣に座る山崎に押し付けた。何も言わなくても何が言いたいか分かっているらしい。溜息をついた山崎は手を合わせる名前に儚く微笑んだ。静かにしまる大教室の扉。一足早く食堂に向かう沖田と名前の姿を阿伏兎が見ていた。

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