03

四限終了後、歌舞伎町にきた名前は見事に迷子になっていた。似たようなビルが立ち並んでいる中、田舎者の名前には方向感覚もなく、軽いパニック状態になっていた。夕方五時過ぎの歌舞伎町は昨夜と雰囲気も全く違う。勇気を振りしぼり、コンビニエンスストアで「クラブ攘夷ってどこにあるか知りませんか」と聞いたところ、名前は聞いたことがあるが場所までは知らないという返答が返ってきた。ここはどこでしょうか。スマートフォンで地図を開くもごちゃごちゃしていてわかりづらい。電話すれば迎えに来てくれるらしいが、それは営業時間内のことだ。しくじった。お店は八時過ぎからしか開いていない。どこかで時間をつぶすしかないと、クラブ攘夷探しを諦めて適当な喫茶店を探す。駅前に戻った方がいいだろう。踵を返した名前に声がかかった。

「こんばんは。少しよろしいでしょうか?」
「え……私ですか?」
「僕、ガールズバーのスカウトやっているんですけど、もしかしてもうどこかのお店で働かれていたりします?」
「いや……アルバイトは何もしていませんけど……」
「ちょっと興味ありません?」

名前はガールズバーが何だか知らなかった。キャバクラやホストクラブの類似品だとは察したが、わからないものはわからない。申し訳なさそうに「ガールズバーって何だかわからないので、すみません」と言うと、その気弱さに目を付けたのか男が、お話だけでも聞いてくださいと名前をすぐ目の前の喫茶店に誘った。全国チェーンの喫茶店。ここなら何かあっても助けがすぐ来るだろうし、話を聞くだけなら社会勉強にもなりそうだと判断した名前は頷く。意志が強そうに見えてなんやかんやで流されやすい性格だった。一杯の飲み物を奢ってもらい、その男と向かいあって座る。名刺を手渡され、簡単に職業説明をされた。その時給の良さにまず驚く。基本時給の他に指名料ももらえるらしい。ドレスではなく私服でオッケーで、カウンター越しの接客だからセクハラされる心配もないお客さんに夢を与える仕事ですよ、とありきたりな言葉を向けられ、名前は少し乗り気になっていた。遅い時間帯だから帰りは送りの車を出してくれるらしい。ふんふん、と感心を持ち、真面目に聞く名前。

「……あいつ何してんだ?」

アイスコーヒーを啜り、タバコをふかしていた高杉は見たことのある少女がとても知り合いとは思えない男になにやら勧誘されているのを喫煙席から見ていた。別に困っている様子もないが、変なところに勧誘されているようで気になる。こっちの世界は名前が思っているほどそんな単純なものではない。アイスコーヒーが尽きた。重い腰をあげる。

「おい。お前何してるんだ」
「あ、高杉さん」
「答えろ」
「うっわ感じ悪っ。ガールズバーの勧誘を受けてるところです」

その言葉に高杉が男を睨む。危機察知能力だけはやたら高かったその男は、不穏な空気を感じ取り、「じゃあ、良かったら連絡してね」とだけ言って席を外した。高杉はいい意味でも悪い意味でも有名である。男の座っていた席に腰を降ろした高杉を胡散臭そうに名前は見た。彼女が渡された名刺を高杉の細い指が摘み、店名を確認する。

「お前がなんのバイトをしようが知ったこっちゃないが、ここは止めとけ。後ろに厄介なのがついてる」
「お詳しいんですね」
「まァな」
「そうだ、私、あなたというか銀時さんに用事があったんです」
「は?」
「私の友達が銀さんに本気で恋してて、でも銀さんホストだからその子のことどう思ってるのかなって。お店で貢がせるだけならきっぱり振ってあげて欲しいんです」
「……お前、今ガールズバーの説明受けたんだろ?営業の話は聞いたのか?」
「聞いてませんネ」

聞いてなかったのか。本当に世間知らずというか、いや、こんな知識知らなくても生きていくのに支障はないが、危なすぎる。そもそも知らない男について行っている時点で名前の危機管理能力に懸念を抱く高杉だった。ほけほけとしたその顔に思いっきり煙草の煙を吹きかけたくなる。こんな学生が一人暮らしとか大丈夫なのかと柄にもなく心配した。

「俺たちの仕事はお店で客の相手をするだけじゃない。店に来てくれた女と連絡先を交換してまた店に来てくれるよう営業するんだよ。店が求めてんのは接客よりむしろこっちの営業だ。客を繋ぎとめるためにアフターも行く」
「アフターってどういうことするんですか?」
「飲みにも行くし、ホテルにも行く」
「……おうふ」
「連絡の頻度は恋人並みだし、枕営業なしじゃ客はとれない。プライベートなんてあったもんじゃないしな」

じゃあ、猿飛は銀時に夢を見せられているだけなのか。察したらしい名前が俯く。猿飛はホストという仕事内容をちゃんと理解しているのだろうか。いや、もしかしたらお店と関係無く出会ったのかもしれない。でも、営業の話を聞いてしまった。彼の周りには不特定多数の女性がいるのだ。それに猿飛は耐えられるのだろうか。一方高杉は友達のためにわざわざ歌舞伎町まで来た名前の無駄な行動力に感心した。無言になった名前が氷の溶けかけたミルクティーを啜る。高杉の携帯がメールの着信を告げた。

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