05

サークルに顔を出すか、それとも帰るか迷った挙句、帰ることにした名前は志村妙と一緒に駅に向かうバスに乗っていた。なにやら悩んでいる妙の相談に乗ろうと駅前の喫茶店に行くことになったのだ。気丈な妙が珍しく沈んでいる。バスの中では人の耳があるからと他愛もない話をしていたが、元気のない妙に本当に心配になってきた。母を幼いころに亡くし、父ももう他界してしまった妙にはきっと人知れない苦労もあるのだろう。奨学金を貰って勉強する彼女の支えになりたかった。バスから降り、駅前のケーキ屋に入る。席に着いた途端、溜息をついた妙は重い口を開いた。

「実はね、私ストーカーされてるみたいなの」
「え……」
「相手はわかってるんだけどね…しつこくて」

違う意味でヘビーな話題である。確かに妙は頭もいいし、かわいい。ちょっと凶暴なところもあるが、それも彼女の魅力と解釈することは十分可能だ。妙のストーカー。何度も何度も追い払っているのにまだ付きまとってくると嘆く彼女を可哀想に思う一方でストーカーの根性にも感嘆した。スマートフォンを開き、ストーカーからのメールを見せてくれた。FROMの欄におかしいな、見覚えのある名前が。

「近藤先輩……」
「あら知っているの?新歓の席で隣だったんだけどね……」
「あ、あはは……」

沖田と土方の先輩である近藤と名前は面識があった。よく言えばワイルドな人だったと記憶している。彼が妙のストーカー。びっしりと愛がつづられたメールに名前は引いた。かわいらしい絵文字もふんだんに使われているが、それも気持ち悪さを助長させているように思える。というか、これはメールというよりポエムだ。返事を必要とさせない文面に冷や汗を流す名前の眼前ではもちろん返信はされなかったメールは消された。

「メアド変更とかは……?」
「してもどこからか嗅ぎ付けてくるのよ……しかもメールだけじゃなくて食堂とかにも出没してくるの」
「ええっ」
「朝のバス停で隣に並んでたり……」
「こわっ」

先輩には悪いが、これは立派なストーカーじゃないのか。名前はショートケーキをつつきながら妙に憐れみの視線を投げた。何度殴ってもおきあがってくるのよ…と小さくつぶやいた妙の独り言は聞かなかったことにした。ミルクティを啜る妙の相談内容はよくわかった。近藤にストーカー行為をやめさせたいと。

「近藤先輩の後輩の友達に言ってみるよ」
「ありがとう。ごめんなさいね」
「気にしないで。妙が元気ないと私も寂しいし」

女同士の友情を確かめ合っていたその時、再び妙のスマートフォンが振動した。メール着信の文字に妙が受信フォルダを開く。

「……」
「……」
「……」
「……」

予想通りというか、なんというか、やっぱり近藤からのメールだった。妙の握力によってスマートフォンがミシミシっと嫌な音を立てている。液晶にひびがはいるのも時間の問題だろう。彼女を落ち着かせるようにスマートフォンを取り上げ、メールを消す。自分のスマートフォンで沖田にメールを作成した名前は妙の現状をどう説明したらよいものか少し悩んだ。沖田は近藤の求愛行動を知っているのか。妙のためにも名前は出さないほうがよいだろうか。少し考えて、相談がある旨だけを送った。怒りで震える妙を宥めること数分、「いいですぜ」と返ってきたメールに安堵の息を漏らした。


■ ■ ■


キャンパスから三十分ほどの我が家は台所以外悲惨な状況だった。八畳一間+アルファの小さな部屋。布団はひきっぱなし、洗濯物は畳んであるだけでしまわない、飲み終わった大量のペットボトルが枕元に鎮座。冷蔵庫の中身はほぼ空である。女子大生の部屋。甘美な響きとは裏腹な光景が広がっていた。めんどくさがり屋だから仕方ない。自炊もしないもの。大抵コンビニかファミレス。酷い時には欠食。こんな状況だからまだ大学の友人は遊びに来ていない。プルルルルル…と電話着信を告げたスマホ画面には見知らぬ番号が点滅していた。

「……もしもーし?」
「あ、もしもし。俺だ」
「俺俺詐欺?今月は金欠なんで払うお金なんかありませんよ。あー。なんかいいバイトないかなあ。なんか紹介してくれません?」
「おーい人の話は最後まで聞け。土方だ」
「あ、なんだ土方君か。どうしたの?」
「明日の飲み、これるか?」
「え?明日飲みなんかあったけ?」
「今日のサークルで行くことになったんだよ。お前明日来れるか?」
「用事がないから行くと思うよ」
「わかった」
「あ、土方君。いまちょっと時間ある?」
「あるけど」

土方の後ろから聞こえる騒音から察して、彼はまだ外出中なのだろう。そんななか引き留めるのも悪いとは思ったが、丁度いい、近藤と妙のことについて聞いてみよう。

「近藤先輩のことについて聞きたいことがあるんだけど」
「近藤さん?」
「ちょっと相談があって」

土方の後ろから沖田らしき声もした。どうやらカラオケにいるらしい。「ウルトラソウル!へいっ!」と楽しそうな歌声。邪魔するのはやはり悪いか。どうした?と聞く土方に名前はやっぱりいいや、と言って通話を切った。

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