02

 
彼女の言う『兵長』が、リヴァイを指していることはわかった。だが、リヴァイは兵長と呼ばれたことはない。類似の呼び名、次長なら日々呼ばれているが、と首をひねった。いつの間にか彼女のコーヒーは空になっていた。

「もう一杯いるか?」
「あ、いえ。私がやります」
「じゃあ任せた。豆はそこの缶の中、フィルターは食器棚に入っている」
「はい…?」

フィルターってなんだろう。リヴァイが指さしたキッチンに入った名前は目の前にある見慣れぬ器具に絶句した。普段ならば、アルコールランプで湯を沸かし、挽いた豆を布で濾してコーヒーを入れていた。だが、どこを見てもアルコールランプがない。

「兵長。アルコールランプはどこですか?」
「は?なんに使うんだ」
「火ですよ」
「……ちょっと戻ってこい」

リヴァイは困惑を顔に顕にして名前を呼んだ。スリッパを鳴らしながら席についた名前の表情は暗いものだった。

「頭がおかしくなりそうだ」
「奇遇ですね。私も頭がパンクしそうです」
「お前、一体なんなんだ?」
「はい?トロスト区出身調査兵団第八班所属名前・名字です」
「トロスト区ってどこだ。調査兵団?」
「兵長?トロスト区は壁の中にある最南端の街ですよ?先日巨人に侵攻されましたが、無事取り返せたじゃないですか」
「…巨人?どこのファンタジーだ」

名前は警戒の目でリヴァイを見ていた。この人は、リヴァイ兵士長ではない。リヴァイ兵長ならば、トロスト区を知らないはずもないし、調査兵団とは何かと訪ねてくるわけがない。そう考えると、今自分がいるこの場所もおかしい。貴族の家のように床には絨毯が敷かれている。それに見たこともないようなものが大量においてある。

「まるで異世界のようです。私の知っている世界じゃない…」
「お前も俺の知っている名字じゃなさそうだ」
「…帰りたい」

俯いた名前。リヴァイは席を立った。冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップに注いて電子レンジで温める。食器棚に背中を預けて、彼女をどうするべきか考えた。一番の道は警察に連絡して引き取ってもらうことだ。だが、なぜかそれは罪悪感が募る。どうにも判断がつかなかった。電子レンジがピーッとなり、牛乳が温まったことを告げた。それを彼女の前に置いた。

「熱いから気を付けろ」
「…こんな高級なもの…ありがとうございます…」
「俺は今から電話する。いいと言うまで喋るなよ。大人しくそれを飲んでいろ」

名前はコクリを頷いた。リヴァイはスマートフォンを取り出して電話帳を開く。彼女の名前を探したが、電話帳のなかには無かった。仕方なくリヴァイはエレンの連絡先を開いた。メールを作成し、件名に至急と入れた。本文は簡潔に、名字の連絡先をおくるように。メールを送信して数分でエレンからの返信が来た。お疲れ様です、から始まるメールの添付ファイルには彼女の連絡先。

「いいか、喋るなよ」
「はっ!」

右手を左胸に当てる仕草をした彼女。リヴァイは名字の電話番号を押し、電話をかけた。これで彼女が出れば、目の前の女はリヴァイの知る名前ではないことが証明される。

「…もしもし?」
「名字か。休日にすまない、リヴァイだ」
「あっ、次長。どうかされましたか?」

名字という名前に反応した女だったが、リヴァイの言いつけを守り、口を噤んだ。マグカップを両手で持つようにしてホットミルクを堪能しながらリヴァイが手に持つそれを奇妙そうに見る。どうしてこの人は独り言を言っているのだろう。

「明日の朝会議の資料を一部多く刷っておいてくれ」
「了解しました」
「休日に悪いな」
「いいえ。お疲れ様です」
「ああ。すまない…そういえばお前姉妹いるか?」
「兄ならいますよ?」
「変なことを聞いてすまなかった」

名前との電話を切った。そして深い溜息を吐く。声もそっくりだ。これではっきりした。目の前の女はリヴァイの部下の名前ではない。彼女の話から、生活習慣も常識さえも違う場所から来た女のようだ。

「お前のいた世界の話をしてくれ」
「はい…」

人類に天敵が現れたことから始まり、調査兵団とはを語り終えた名前は不安げにリヴァイを見た。リヴァイは代わりにこの世界には巨人なんていないことと壁もないことを話す。名前の目が絶望を伝えた。

「お前と俺の世界は時間も文明も状況も違うらしい。バカバカしいが」
「どうして私はここにいるんでしょう」
「知るか。だが、お前の世界でも俺はお前の上司だったらしい。しかたねェから面倒みてやる」
「…ありがとうございます」

幽霊すらも信じないリヴァイが名前の語る世界を信じたのは、彼女の手を見たからだ。女の手とは思えないほど皮が硬くなった手。豆ができては潰れたのだろう。全身に巻かれたベルト。胸のベルト跡を見せつけられたが、その跡は擦り傷で赤く擦れ、圧迫に寄る痣がくっきりと残っていた。

「機械の使い方は教えてやる。来い」
「はい」

はじめに教えたのは水回りの使い方だった。なんとなく理解したらしい彼女に物覚えは悪くなさそうだと安心した。基本的には触るな、と言い聞かせた。壊されてはたまらない。リヴァイが外出中はテレビでも見せておけばいいだろう。筋トレがしたいという彼女に自分が使っていたダンベルを渡した。ついでに掃除遠具の場所を説明した。掃除機の音に驚いたものの、その使い方を説明すると早速かけ始めた。この世界のリヴァイは綺麗好きだが、兵長ほど恐ろしく綺麗好きではないらしい。それがわかった名前は少しだけ肩の力が抜けた。

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