01

 
リヴァイの機嫌はこの一ヶ月のなかで最高レベルに値するほど良かった。進めていたプロジェクトが無事に終わり、結果は大成功。ボーナスが期待できるのは勿論、昇進も間近だろう。久しぶりの休日は各駅電車で二駅ほどの距離にある大型家電量販店に行くことで消費した。もちろん収穫はあった。最新の洗濯機がいい値段で購入できたのだ。昨日購入したそれは、今日の朝、運び込まれた。念のため雑巾で洗濯機を拭き、何も入れないまま軽く一回水洗いをする。そしてその水洗いが終わり、さあ洗濯だ、と洗濯物を洗面所に持ち込んだ時、その事件は起きた。

「あっ、兵長!助かりました…私気がついたらここにいて…」
「お前…何をしている?いや、どうやって家に入った?」
「出たいんですけど狭くてなかなか出られないんですよ。さっき涸れ井戸に落ちた時に手首を捻挫したらしくてどうにも力が入らないので、引き上げていただけませんか?」

リヴァイは持っていた洗濯物を落とした。目の前の光景はなんだ。新品の洗濯機の中に、人が入っている。子供がふざけて遊ぶように、その人物は洗濯機のタンクの中にその体を入れていた。いつの間に家に侵入されていたのか、いや、それ以前にどうして彼女がここにいるのか。がちゃがちゃとうるさい金属音を鳴らす女はリヴァイの会社の部下であった。

「お前…名字だよな」
「はっ!調査兵団第8班所属!名前・名字であります!…ってなんですか兵長いきなり」
「調査兵団?なんだそれは…過労で頭が湧いたのか…?いや、どう考えても何もかもおかしい」
「なにぶつぶつおっしゃっているんですか?それより、とりあえず出してくださいませんか」

この奇妙な状況にリヴァイは、まず名前を洗濯機から出すことを選択した。彼女を引っ張ると、腰の辺りで何かがつっかえているのか出てこない。名前もそれに気がついたらしく、腰に手をやりベルトらしきものを外した。洗濯機の底と金属の何かがぶつかる音がしてリヴァイは盛大に顔をしかめる。新品の洗濯機に傷でもついたらどうしてくれる。引きずりだした彼女の足にブーツを見たリヴァイは今度こそ容赦なく舌打ちをした。

「お手数おかけしました…あれ、そういえばここはどこです?」
「あ?俺の家だ」
「あれ。兵長って持ち家あったんですね…え?どうして私が兵長の家に?」
「兵長って誰だ」
「は?」
「あん?」
「冗談ですよね…今日の兵長おかしいですよ。どうされたんですか?」
「お前がな…もういい。名字よ、いい加減にしないと警察を呼ぶぞ。ふざけていいことと悪いことがあるのはわかっているはずだ」

リヴァイに叱られた名前は困惑した顔を彼に向ける。困惑しているのはリヴァイも同じだ。会社の部下が自宅の洗濯機の中に入っていたのだ。しかも話が通じないと来ている。名前を追い出した後、とりあえず洗浄のためにもう一回洗濯機を回した。

「ひっ!」

ガラガラと動き出した洗濯機に名前は小さな悲鳴を上げた。そしておずおずと洗濯機を覗きこむ。

「これ、なんですか?」
「は?どっからどうみても洗濯機だろ」
「この回転、はっ…どこからか水が…!もしかして秘密の武器ですか?」
「何言ってんだお前。まさかお前の家に洗濯機がないとは言わないよな」

名前は洗濯機にぺたぺたと指紋をつけていた。振動を感じるかのように頬を当てる。それをみてリヴァイは、もしかしたらこの女は他人の空似だろうかと考えた。そう思いたかった。リヴァイの知っている名前は積極性のある優秀な社員だ。上司の家に無断で侵入した上洗濯機に入るような馬鹿ではない。だが、名前は一緒ではないか、と頭の片隅で警鐘が鳴った。

「おい」
「はい!」
「お前の話を聞こう。茶を淹れてやる」
「はい!」

名前は立体機動装置を再び腰に付けてリヴァイの後を追った。ダイニングの椅子を指させば、大人しくそこに座る。名前はひたすらにきょろきょろしていた。不思議なインテリアですね、とかそういえば見慣れぬ服装ですねとか話しかけて来たが、リヴァイはそれを無視した。コーヒーとミルク、砂糖を盆に載せ、彼女の待つテーブルに置いた。

「これは…ミルク!砂糖も!…いいんですかこんな贅沢なものを…」
「は?こんなもんどこにでも売っているだろ」
「……」

名前は恐る恐る砂糖をコーヒーに入れ、ミルクを注ぐ。一口のんで幸せそうに息を吐いた。リヴァイからしてみれば只のコーヒーである。向かいの椅子に座り、ミルクも砂糖も入れること無く口を付けた。

「で、名字。お前は一体洗濯機の中で何をしていた?」
「洗濯機っていうんですね。あれ。何をしていたと言うわけではなく、出られなくて困っていたんです」
「…どうして入った?」
「入っていません。気がついたらあの中にいたのです」
「……」
「エレンの実験をするために涸れ井戸を探せって分隊長が命令なさったので、涸れ井戸の調査をしていたんです。そのときにうっかり落ちてしまいまして。で、底についた、と思ったらあの中にいたんです」
「…………」
「どうして私が兵長の部屋にいるのか、私が聞きたいくらいです」

リヴァイは頭を抱えたくなった。彼女が嘘を言っているようには見えない。嘘にしては馬鹿馬鹿しすぎる。それにエレン。エレンがもし、エレン・イェーガーを指すのならば、それはリヴァイのいる部署の新入社員だ。状況のカオスさに苦々しい表情を浮かべたリヴァイに、私の知っている兵長じゃない、と名前は呟いた。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -