06

 
話題が恋の話になり、動揺したリヴァイだったが、何事も無く二人が次の話題に移ったのを確かめて安堵の息を吐いた。名前と夕飯の約束は取り付けた。十八時半に最寄り駅で待ち合わせだ。現在時刻は十七時。心配は無用だったようでマルコは塾があるらしく、そろそろ解散となりそうだった。リヴァイが使っていないイヤホンの片一方から二人の会話を聞いていたミケは小さくつぶやく。

「近すぎて恋愛対象にならない」
「あぁ?」
「いや、どっかの誰かにも当てはまると思ってな」
「おい、誤解しているようだから言うが、別に俺は名前とどうこうなるつもりはねェぞ」
「別にお前のこととは言っていないだろう」

リヴァイは口を噤んだ。やれやれとミケはイヤホンを外す。今のリヴァイがどんな顔をしているのか鏡で見せてやりたいものだ。どう見ても図星をさされて苛ついているようにしか見えない。目の中にいれても痛くないほど愛でているのは今日で十分すぎるほどわかった。こうやって邪魔立てしているのも嫉妬からだろうと思っている。

「向こうも退散するみたいだし、俺達も帰るぞ」
「あいつらが出てから出る」

二時間制だと言われたがとっくに二時間は経っている。店員が呼びに来ないことをいいことに随分長居してしまった。一曲も歌わなかったカラオケの代金をリヴァイが払い、駅へと戻る二人の後をつけ、何事もなく別れたのを見て肩の荷を降ろす。どうやら名前はリヴァイと待ち合わせるまでの間、駅の近くをぶらぶらするらしい。

「追わないのか?」
「何故追う必要がある?」
「…そうだな」
「俺は先に戻る。ミケ、お前はどうする?」
「本屋に寄ってから帰る」
「了解した。今日は付き合わせて悪かったな」
「構わない。お前もほどほどにしろよ」

リヴァイは片手を上げて駅の中へと入っていった。きっと何気ない顔をして彼女を待つのだろう。雑誌を買って帰ろうとミケが駅に背中を向けた時、聞き慣れたリヴァイの怒声と女性の悲鳴が聞こえた。

「ひったくりよ!」
「ミケ!」

ミケの身体は素早く反転する。振り返えると、ピーコートを来た男が人の合間をすり抜けるように走り抜けるのと、その男をリヴァイが追うのが見えた。夕方の時間帯ということもあって、人通りは多い。足に自信があるリヴァイも人混みに邪魔をされて上手くスピードを出せないようだ。

「ミケ、見失うなよ」

リヴァイの言葉にミケは頷く。身長があるぶん視界は広い。二個目の角を左だと告げるとリヴァイは返事をすることなく角に飛び込んでいった。少し遅れてミケが路地に入るとリヴァイがひったくりの腕を掴み、足を止めているところだった。手足をがむしゃらに動かして抵抗しているが、たいした障害にらならない。リヴァイが取り押さえようと手首を掴んだ時、甲高い声が上がった。

「リヴァイさん!?」
「げっ」
「あ」

ミケ達が入ってきた路地とは反対側から現れたのは名前だった。リヴァイの姿を見て慌てて耳にさしていたイヤホンを外す。きっと音楽を聴いていたせいで周囲の騒動に気がつかなかったのだろう。リヴァイの大きな舌打ちが聞こえたと思ったら、ひったくり犯の身体は地面に取り押さえられていた。リヴァイの足が何かを蹴り飛ばす。それは小さなカッターだった。

「十七時二十六分、現行犯逮捕だ」
「おっさん警官かよ……ヤクザかと思った」
「残念ながら正義の見方だ。運が悪かったな」

ミケが最寄りの交番へ連絡した。数分で来るという。手帳はもっていたが手錠は持っていなかったリヴァイはその間、男が動かないように拘束しておかなければならない。両手を背中でしっかり拘束し、体重をかけて取り押さえていると足の下の男が痛いと呻く。軽く力を抜いて呆然とする名前に視線を飛ばした。

「危ねえからもっと離れてろ」
「あ、はい……」
「もっとだ」

少し後ずさり、それでもリヴァイを見守る名前に男は舌打ちをした。見世物ではない。こうも好奇心を込めて見られると腹も立って来る。それを感じ取ったのか緩んでいたリヴァイの手が締まった。

「リヴァイ、来たぞ」
「ああ、頼む」

制服に身を包んだ警察官に身柄を渡し、地面についてしまった片膝を払う。手錠がかけられたことを確認したのち、犯人から離れる。名前を手招きすると、小走りで彼女は近づいてきた。そして眉を下げるようにして弁解を始めた。

「えっと…たまたま、そこの角の雑貨店にいたんです」
「おい、ミュージックプレイヤー見せてみろ」
「……」
「音量が大きすぎる。これじゃあ車のクラクションも聞こえないだろ」
「ごめんなさい」

名前のミュージックプレイヤーの音量設定を変えてから返したリヴァイは、彼女に怪我がないことを確認した。名前もリヴァイに怪我がないことを確認してほっ、と息をついた。

「お仕事ってこの近くでしてたんですか?」
「いや、さっきまで別の所でしていた。連れがどうしてもここの本屋に用があると言ったから寄っただけだ」
「偶然降りた駅で引ったくりを捕まえるなんて大変ですね。でも、さすがリヴァイさんです」

ミケは少し離れた所で二人を見ていたが、リヴァイの意識がこちらに欠片ほども向いて居ないのを察して立ち去ることにした。きっと彼女と対面するといつもの癖がでて匂いを嗅いでしまう。リヴァイの前でそんな真似をする勇気はない。ぺろっと嘘をつくリヴァイに呆れながらも駅への道を戻った。

「やっぱりリヴァイさんはヒーローです。すっごくかっこよかったです」
「馬鹿なこと言ってないで夕飯行くぞ。中華が食べたいんだろう?」

きっと彼女が今日食べたどんなケーキよりも甘やかしている少女に、やれヒーローだやれ素敵だと言われてリヴァイはさぞ満足だろう。月曜日の昼飯は自分も中華をリクエストしようとミケは決めた。



名前はリヴァイと共に電車に揺られながらスイーツショップの感想を話していた。不意に名前は自分の頬に手を当てて顔を赤らめさせる。どうしたのかと尋ねるリヴァイに、さらに顔を赤くした。

「だって……リヴァイさん本当にかっこよかったんですもん」
「は?」
「あんな大きな人を簡単に取り押さえて、逮捕だって……」

小さく悶える名前にリヴァイは口角を上げた。隣に座るリヴァイの腕に自分の腕を絡ませてくっ付く。制服姿の女子高生が私服の成人男性にしな垂れかかるのを周囲の乗客はやや冷ややかな目で見ていた。リヴァイはそれを感じながら一向に気にせず名前を甘やかしてしまう。

「お前が正義のヒーローになって欲しいって言ったんだろ」
「言いましたけどまさか本当に警察官になってくれるとは思いませんでしたよ」
「最初は自衛官だったけどな」
「お前のヒーローになって帰ってくるから待ってろ、って言って勝手に行っちゃうんですからびっくりです」

名前がまだ幼いの頃、テレビ番組に影響された彼女はリヴァイにヒーローになってほしいと頼んだのだ。それをそのまま受け取ったリヴァイは防衛大学に進学し、現在は警察として働いている。リヴァイ自身が決めたこととはいえ、自分がきっかけになっているのは確かなので少しだけ負い目があった。だが、今日のリヴァイの姿は名前が望んだヒーローそのままだった。

「何があっても守ってやるから安心しろ」

リヴァイの囁きに名前は恥ずかしいようなこそばゆいような気分に襲われた。

「絶対、絶対守ってくださいね!」

名前の差し出した小指に自分の小指を絡めて約束をする。名前が自分を必要としなくなるまで、何があっても彼女は守りぬいてみせるとリヴァイは誓った。

番外編END

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