02

講義開始五分前に教室に入り、出席カードを貰うと、名前はさっさと教室を出て食堂に向かった。猿飛とご飯でも食べながら時間を潰し、講義終了間際にカードを提出しにいけばいい。この授業は課題を出さない。筆記試験で合格基準を満たせばいいのだ。評価Aなんかいらない。単位が来ればいい。生協で牛乳を買い、食堂に向かう。窓際のテーブルでレポートを広げる猿飛がいた。名前に気付いて手を振る。席にはすでに二人分のうどんが置いてあった。代金二百十円を猿飛に手渡した名前は箸を手にとって手を合わせる。

「あんた本当に意識低くなったよね。最初の方なんて奨学金もらうか悩んでたじゃない。真面目な名前ちゃんはどこに行っちゃったのやら」
「さっちゃんだってサボってるじゃん」
「私は休講よ」

名前が好きになった人が悪かった。大学でも有名な不良。夜兎高校出身の神威。高校卒業後一年間アメリカに留学して空知大学に一般入試で入った。頭はいいのだけれども、甘いマスクと独特の雰囲気に魅せられた女の子にモテモテなせいでろくでなしに見える。本人いわく「彼女は作らない」そうだ。実際中身もろくでなしだった。着信履歴を眺めて牛乳にストローを刺す。

「名前。そういえばあなたの気になってた人どうなったの?」
「……もうどうでもよくなってきちゃった」
「あらら。他にいい人は?」
「今はいらないや」
「そう……」
「あ、さっちゃんが言ってた運命の人は?」

女子が集まれば恋の話。嬉しそうに語りだす猿飛を見ながら、思わせぶりな真似してサイテー、と神威を思い出して名前は胸の中でつぶやく。猿飛には「好きな人がいる」といっただけで誰かとは言わなかった。薄々察しているのだろうが、名前を上げられてもはぐらかしていた。名前が授業をさぼるようになったのも神威の影響だ。「一緒にご飯食べようヨ」と言われては講義なんか出るわけがない。名前が神威に惚れていることを知って、その態度なのだ。もしかしたら付き合えるかもしれない、と淡い期待を抱いたのに。夜に電話して来たり、一緒に呑みに行ったり。今は付き合えないとかなんだったのだろう。彼には今、素敵な彼女がいる。

「でね、銀さんがね……」
「え?」
「どうしたの?」
「銀さん?」
「そう、私の好きな人、銀さんって言うの」
「まじでか」

名前の脳裏に昨夜のホストがよぎった。銀ちゃん、銀時…銀さん。そういえば猿飛からその人との出会いを聞いていない。いつどこで出会ったのだろうか。友人としてホストにおぼれているなら止めてあげたい。興奮している猿飛の前に水を差しだし、落ち着かせた。声が大きいせいで周りからいらない注目を浴びてしまっている。きゃーっと未だに騒ぎ立てる猿飛の頭を軽くはたき、名前は空になった牛乳パックを畳んだ。

「その人ってこのキャンパス内にいる?」
「いないわよ」
「……写真見せてくれたり?」
「名前の好きな人教えてくれたらいいわよ」

情報はフェアじゃなきゃね。友達の危険な恋愛フラグより自分のプライドをとった。ごほん、とわざとらしい咳払いをしてふい、とそっぽを向いた。言いません、の合図。あー、昨日のホストに連絡先でも聞いておくんだった。アドレス交換断っちゃったもんなー。名前は人殺しのような目をしたホストを思い出した。猿飛はきゃっきゃっと幸せそうに「銀さん」について話す。好き好き好き好き好き好きと幸せを全面に押し出したオーラが胸に沁みた。もし猿飛の好きな人があのホストだったら…。嫌な予感しかしなかった。だって先輩、銀時に接吻してたもの。接吻された銀時もデレデレしてたもの。きっとどのお客さんにもそんな態度なのだろう。ついには立ち上がって発狂しだした猿飛が気付かないように彼女のスマートフォンに触れた。無防備にもパスワード設定がされていない。暗い画面に名前の指が触れ、待ち受け画面に予想通りの人物が現れた。シャンパンを片手に酔ってネクタイを頭に巻いた、銀時。沈黙する名前。頭を抱えた。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -