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ハンジの車の中で名前は膝を抱えていた。ハンジが適当につけたラジオをいじり、ニュース番組に変えた。とある事件の誘拐犯が逮捕されたことが告げられ、キャスターが明日の天気を伝え、呆気無くニュースは終了。明日は晴れのち曇りらしい。降水確率はゼロパーセント。明日は、金曜日。名前の疑惑が確信へ変わりつつ会った。

「テロの前日だ」

名前は車から飛び出していた。ならば、校舎内に屍がいるはず。そして、先ほどみた人影。ハンジの後を追って名前は走って階段を駆け上がった。三階にいるはず。あの窓は理科室のはずだ。理科室の扉を乱暴にあけ、電気をつける。目の前の光景が想像からかけ離れていたせいか、名前の荒い呼吸が止まった。

「ゾエ、先生…?」
「……」
「え…なんで?」

名前が見たのは見知らぬ男を抱きしめるハンジの姿だった。男の手もハンジの背中に回っている。名前の予想では、ハンジが抱きしめているその男こそ、ハンジにテロ協力を要請した、屍の発生原因となるはずの男だった。どうしてその男をハンジが抱きしめているのか。名前の脳裏に銃を向けるアニがよぎる。まさか、ハンジも。

「う、裏切り者がァァァァアアっっ!!!!!!」
「名字!?」
「ハンジ!危ない!」

教壇の上にあった黒板消しを投げつけ、マッチを投げつけ、フラスコを投げつけた。ハンジを庇うように名前に背を向けた男に名前は感情任せに蹴り飛ばした。男が持っていたショルダーバッグが飛ばされる。男の上にマウントを取り、椅子を振りかぶる名前をハンジが後ろから拘束して止めた。

「名字!落ち着け!何をしている!?」
「こいつが、こいつのせいで!!!お前のせいで街は滅茶苦茶だ!!!!!!」

椅子を取り上げ、名前の脇から腕を伸ばしたハンジが体重をかけて押さえつけた。

「どうして庇うんですか!こいつは犯罪者です!!!!!先生だってこいつのせいで!!!先生も!!!!」
「落ち着け!頼むから落ち着いてくれ!」

理科室に荒い息が満ちる。名前がおとなしくなったのを見てハンジは腕をほどいた。男の上から退いた名前は転がったショルダーバッグに手を伸ばした。それを男がとどめた。睨む。お前のせいで。

「人間に寄生する、菌類を知っていますか」
「……」
「知っているんでしょ」

近くの椅子に再び飛びついた名前をハンジが抑える。この細い体のどこから力がでているのか。名前の手がハンジのメガネを弾き飛ばした。椅子を振り上げた名前に体当たりして男を守るハンジ。それが許せなかった。のしかかれ、手の自由が失われる。

「どうして君がそれを知っているんだい?」
「ゾエ先生の考察は正しかったんだ…あんたのせいで街は地獄になるのよ!私はその地獄を見てきた」
「はて、俺はこれを使った記憶がないんだが…」
「今夜使う気だった。それは明日のテロと相まって最悪の事態を招くことに成るんだよ!!!!答えてよ!先生も敵なの!?」

噛み付く勢いで吠える名前。真面目で大人しい名前しかしらないハンジはその差に驚くばかりだった。彼女の言う敵が何を指しているのかがわからない。ただ、名前がひどく興奮状態なのはわかった。唸る名前に男は顔をひきつらせる。喉元に食いつかんばかりの少女に手汗が滲んだ。

「ハンジは関係ないよ」
「……」
「そして、そうだ。ハンジが今此処に来なければ俺は自分であれをつかっていただろうね」

男はショルダーバッグを見た。手を伸ばし、手繰り寄せて中身をあける。中には保冷剤とフラスコにはいった綿毛のようなものが見えた。胞子だ、とハンジが呟く。確かにこの男はテロがあることを仄めかしていた。だが、この胞子が生物兵器だとは言っていない。ハンジは目を細めた。起き上がった名前が男のまえに立った。

「だった、ってことは?」
「使わないよ」
「…今直ぐそれを始末して」
「血気盛んなお嬢さんだ。とりあえずこれをしまおう」

クッションのはいったショルダーバッグにフラスコを戻した。恐らく、名前が肩を打った階段はあのときの名前がプリントを取りに行くために登るはずだった階段だ。名前は階段を登らず下り、結果、校庭で会ったはずのハンジは職員室から名前を見かけて声をかけた。未来が、変わる。

「それを渡してください」
「どうしてだい?」
「あなたを信用出来ないからです。ゾエ先生に渡してください」

男は肩をすくめてハンジにショルダーバッグを渡した。成り行きを見守っていたハンジだったが、そろそろ口を出したくなってきた。説明してくれ、と言われた。

「この男が、今夜この胞子で生物兵器を生み出そうとしていたんです。その翌日にウォール教のテロがあって、街は隔離され、生存者は感染者として始末されます」
「……は?」
「ほう…」

ハンジは口を開き、男は興味深そうに名前を観察した。この少女の言っていることは間違いではないだろう。ウォール教がテロを起こそうとしているのは明日だし、今夜、胞子第一号が誕生するはずだった。そして死体に寄生した胞子により街はパニックになるだろう。十分予見している出来事を彼女は言い当てた。

「まだ、間に合う」

まだやらなければならないことがある。理科室の時計は夜の十時前を指していた。

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