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再び銃口から放たれた銃弾は名前の肩をかすめた。上半身を支えて居られなくなった名前が崩れ落ちたことに反応してアニが引き金を引いたのだ。まるでなぶり殺し。崩れ落ちた名前にエレンの手を振り払ったリヴァイが倒れこむように寄り添った。盾になるように抱き込む。息を荒げ、膝をつくリヴァイも車に挟まれていて重症のはずだ。両足を負傷してよく動けたものだとアニは舌を巻く。

「アニ…アニはなんのためにこんなことしているの?」
「私は、あんたたちを外にだすわけにはいかない」
「どうして?」

アルミンの声にアニは震える声で返答する。その隙をついてミカサが銃を構えた。名前を抱え込んだリヴァイは彼女の被弾した太ももを手で圧迫する。名前の恐怖で震える手がリヴァイにすがった。リヴァイは気をしっかりもたせようと彼女の顔を覗き込む。だが、名前の目に映っているのは美容院の店前に出ていた鏡だった。目の前の鏡の中には、倒れているリヴァイと名前がいる。その姿に違和感を覚えた。

「どうしてだよ、アニ!」
「ここまで来て、もう犠牲者は出させない」

エレンの叫び声にかぶさるようにしてミカサの怒声が響いた。そしてためらいなくミカサの銃が破裂音を鳴らす。だが、外したようで、アニは拳銃を捨ててミカサに飛びかかった。女同士の喧嘩。ここまで派手にやるものなのかとジャンは人事のように捉えていた。ミカサが殴り、アニが蹴り、マウントを取っては取り返し。アニを取り押さえなければならないのに、介入できる隙がないのだ。

「リヴァイさん…」
「なんだ」
「私、対称になってない」

名前の言葉を噛み砕くのに少々の時間を要した。名前が指差すのは大きな鏡。その中には満身創痍な二人が映っている。名前が鏡に向かって右手を伸ばす。鏡は左手を伸ばした名前を映すはずだったが、鏡の中の名前は同じく右手を伸ばしていた。リヴァイが抱きかかえているはずの名前も鏡のなかでは対称になっていないためリヴァイの腕と名前の体が噛み合わさっていない。傷と疲労が見せる幻覚かと思った。

「…名前?」

リヴァイの腕から這い出した名前が鏡に手を伸ばす。その手が鏡に触れたとき、リヴァイは今度こそ幻覚を見たのかと思った。触れた指は、そのまま鏡のなかに入っていく。鏡に映る名前も驚いていた。最近感じていた違和感。それはきっとこれなのだろう。鏡に映った自分への違和感。どうして夜だというのに鏡がこんなにも鮮明に見えるのだろう。

「名字!」

エレンの鋭い声が響き、リヴァイと名前が後ろを向く。ジャンの手から拳銃をもぎ取ったアニが銃口を名前に向けたのが見えた。咄嗟にリヴァイが名前の背中に手を伸ばす。盾になろうと覆いかぶさったリヴァイの温もりを背中に感じた時、名前の腕は鏡のなかのなにかによって引っ張られた。そのまま引き込まれる名前を止めようと腹に回したリヴァイの腕は彼女の体をすり抜けた。呆然と鏡の前に立ち尽くすリヴァイ。

「え…消えた……?」
「は?」
「名前?」

呆気にとられたアニの喉元にミカサのハイキックが入った。地面に倒れ込むアニをアルミンがすかさず縛り上げる。唇の端が切れたミカサは喋ろうとするたびに襲う痛みに顔をしかめる。

「これは…どういった状況だ?」

リヴァイの問に答えられるものは誰一人として居なかった。かち、っとアニから音がする。その直後、もはや聞き慣れた爆音とともに目の前が真っ赤に染まった。


■ ■ ■


名前は倒れこんだ先で強かに肩を打ち、その痛みに呻いていた。突然訪れた静寂。手を置く地面がつるつるしている。恐る恐る目を開けると辺りは真っ暗だった。起き上がり、辺りを見渡す。誰もいない。暗闇に慣れた目はそこが何処であるかを告げた。

「学校?」

名前の膝の下には2と書かれた白い文字がある。ここは、階段だ。二階の階段の踊場に自分はいる。アニに撃ちぬかれたはずの太ももを手で触ると、そこには傷跡ひとつなかった。よろよろと立ち上がる。背後には鏡。ぺた、と触る。ちゃんと左右対称だ。

「あははは…なにこれ………はあ?」

体は重い、重いけれども、何処にも傷がない。ただ疲労感だけが残っていた。立ち上がり、一階へ降りる。周囲を警戒しながら下駄箱を出て、校庭に出た。校舎を見渡しても破損根がない。テロなんてなかったようだ。呆然と立ちすくむ名前に明かりが照らされた。職員室から誰かが身を乗り出している。名前は近づいた。

「あれ?名字?」
「ゾエ先生…ご無事だったんですね?」
「うん?って名字泣いてるの?えっ?」
「えっ?」

ハンジに言われて名前は自分の頬に手を当てた。涙が伝っている。慌てるハンジがきょろきょろと辺りを見渡す。懐中電灯が校舎の窓を乱雑に照らしていった。不規則に照らされる明かりに窓がきらめく。ハンジの目が動くものを捉えた。

「名前、君一人?それとも友達とここに来た?」
「…一人のはずです」
「そっか。うーん。そっか」

ハンジは三階の窓を照らす。見間違いではない。人影だ。隠れること無く、こちらを見下ろす人影があった。ハンジには心あたりがある。表情を引き締めたハンジは車の鍵を名前に押し付け、そこで待機するよう言いつけた。職員室から窓をまたいで出てきたハンジは呆然とする彼女の前で軽く手をふって意識を戻した。

「絶対に車から出ちゃダメだからね。いい?ちょっと待ってて、家まで送るから」
「え?先生は?」
「ちょっと、忘れ物があったのを思い出して」

名前はハンジの視線の先を追う。三階の窓際。名前の脳内でなにかが繋がりかけた。

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