09

ハンジは窓の外を見ながら話し始めた。その手元にはノートがある。

「屍に噛まれた人間が死後、屍化することから考えるに恐らく唾液が感染経路だ。腕を吹き飛ばそうが足を吹き飛ばそうが、動き続けるってことは、脳から神経情報を伝達して筋肉にエネルギーを送るメカニズムが形成されているってことだよね。屍の外見から有力なのは寄生菌かな」
「……」
「寄生蜂の例から行動パターンのコピーと実行はできそうだし」

ハンジの考察に、皆が沈黙した。アルミンは少し前にスエヒロタケというキノコの菌糸が気管支のなかに浸潤した患者についてのニュースがあったことを思い出した。世界初のスエヒロタケによるアレルギー性気管支肺真菌症の報告となったはずだ。寄生菌は人間にも感染することが証明されている。

「死後、菌類ネットワークを介して化学信号や養分を送ることは可能だ…たぶん、死体内部の血管機能や神経機能を担うこともできるんじゃないかと思う。傷口から侵入した菌は、宿主を殺し、乗っ取る…でも宿主が死ぬと菌の繁殖は難しいな…」
「宿主の死が繁殖をするための条件ということはないですか?死体ならば免疫システムも作動しないでしょうし、菌の温床になりやすい…」
「この短時間で突然変異をしたのかもしれないね。街は死体だらけで衛生環境は最悪だ。」

腐臭のただよう街。ハンジは変わり果てたこの街に目を細めた。アルミンが疑問を漏らす。

「人間を襲う理由は繁殖だけですか?なら屍はどうやって養分補給をしているんでしょうか」
「昼に動かないことを見ると光合成ではなさそうだ。さっき野良犬を沢山見た。鳥の声が聞こえていたことからも、屍は人間しか襲わない可能性が高い。其れならば、養分も人間から摂取していると考えられる。噛み切られた死体も多いし、死体を屍が貪っているのも見たことがある。それか宿主本体からエレルギーを得ているのか」
「うーん…」

ペトラが道に立っていた屍を撥ねた。ぐちゃっと音がして、ガラスが汚れる。耳にさしたイヤホン越しからリヴァイの舌打ちが聞こえた。ライトを付け、道を照らす。塞がれている道が多すぎる。またも迂回する車にみなの焦りが募った。Uターンする間、リヴァイとミケのマシンガンは銃声を鳴らし続ける。ようやく病院が見えてきたとき、ペトラの舌打ちが車内に響いた。

「門…が閉まっています…突破は無理かと。それに屍が集まってきています」
「誰かが開けにいくしかないな。ここでじっとしてたら囲まれちまう。早速きやがった」

ペトラの声にオルオが答えた。頭上ではまたマシンガンの銃声がした。リヴァイとミケが離れるわけにはいかない。夜目が聞き、銃を上手く扱えるのは彼らだけだからだ。ペトラとオルオも運転席を離れるわけにはいかない。オルオの運転するジープが後退を始めた。

「何人必要だ?」
「三人がいいだろう。一人が錠を壊している間に、二人が援護。門を開けたら車で突っ込んで、すぐに閉める。どうせ入ってくるだろうけど時間稼ぎには成るはずだ」
「車はどうする?止まるのは危険だ。門が開くまで動かし続けたい」
「バックで後退、門が空いたら発進、だ」
「三人はここから走ってもらわなきゃならないな」
「オートロックじゃないことを祈るしかねェな」

門をあける三人が一番危険だろう。ペトラの運転するジープから人数を出さなければならない。誰が行くか。エレンが名をあげ、ミカサがそれに続いた。名前が勢い良くミカサを振り返る。

「ここから走って鍵を開けにいくには足が速い方がいい。私なら大丈夫。エレンも強い」
「わ、私も行きます」
「名字!?」
「今まで全然役に立てなかったから…それに私も足の早さなら自信あります…」

ジープに乗っていたメンバーが顔を見合わせた。時間がない、とハンジが言った。確かに名前はミカサよりもエレンよりも足が早いだろう。ミカサとエレンに銃器が渡された。ミカサがドアを開け、名前を抱えたままおりる。ミカサが手を離した瞬間、三人は走りだした。ジープが後退を始める。ライトに釣られて屍が集まってきた。一匹でも多くの屍が食いつくようにギリギリの速度を保つ。

「名前!明かりを!」
「はい」

観音開きになっている門。鍵を探すために名前が門に懐中電灯を向けた。鍵は直ぐに見つかった。オートロックではなく、打ち掛けだ。だが、打ち掛けは中からしか開かないようになっている上に、打ち掛け自体に鍵がかかっている。門の横に小さな扉があったが、それも鍵がかかっていた。扉のかぎはオートロックだ。エレンとミカサが息を飲む。物音に反応して銃を向けた。発砲音。ミカサが一体の屍を倒した。

「登るしかないな」
「…名前、登って欲しい」

名前は門に手をかけた。ミカサとエレンが懐中電灯で周囲を照らしている。動くものがあったら、直ぐに発砲。その明かりの動きと音はジープにも聞こえていた。ジープの周りにも十体近くの屍が集まってきている。きりがないとリヴァイは唸った。名前はスカートなんか気にせずに足をかけ、跨ぐ。焦ったためか、落ちるように反対側へと転がった。南京錠はずいぶんと古びていて、サビで汚れている。エレンが投げて寄越した鉄パイプで殴ると手応えはあった。だが、なかなか壊れない。イヤホンから、まだか、と焦った声が聞こえた。

「銃をつかえ!」

リヴァイの声が聞こえ、名前は慌ててコートのなかから拳銃を取り出した。アルミンに言われたことを思い出し、セーフティを外す。両手でしっかりグリップを握り、トリガーを絞った。ガン、と衝撃が来る。まだ壊れない。シリンダーが回った。もう一発。今度は外れた。汗がにじむ。

「名前!早く!」
「ハ、ハイ!」

今度は南京錠に拳銃を押し付けた。これならはずさない。トリガーを引こうとしても引けないことに名前は愕然とした。どうして。脂汗がにじむ。エレンとミカサは拳銃を捨て、斧と鉄パイプで応戦を始めた。もう時間がない。後ずさった名前の指が震え、引き金を引いた。

「開いた!?」
「名前、打ち掛けを開けろ!」

エレンの声に飛び跳ねるように反応した名前は打ち掛けを取り払い、門を押した。エレンとミカサが屍をなぎ払う。ジープのエンジン音が大きくなる。突っ込んでくるジープから庇うようにエレンは名前を胸の中に抱いてころがった。門の前に群がる屍がどんどん跳ねられていく。冷たい液体がエレンにかかっていく。車の上から降りたミケがエレンと名前を掴み、門の中に放り投げた。急停止したジープのなかから出てきたライナーとアニがミカサの援護をしながら門を閉めた。

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