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なんとか無事に迎えられたマロンズハウス収穫祭の日。備品もクラウドさんのおかげで揃っているし、準備だってばっちり終わってる。なのに朝からそわそわ浮き足立ってしまうのは、あの約束があるから。レノさん、来てくれたらいいなぁ。

「ナマエ、そろそろ庭に出ましょう。子供たちも心待ちにしているわ」
「あっ、そうですね」
「…ふふ、タークスの彼を待ってるのね?」
「え…?」

にっこり微笑みを浮かべた院長先生を弾かれたように見る。どうして?私なにも言ってないのに。

「昨日、彼から電話があったわ。仕事が片付き次第、必ず行くとあなたに伝えてくれって」
「えぇっ!レノさん、わざわざ連絡くれたんですか?」
「律儀よね。…彼は、信用できる人よ。ふふ、そろそろナマエのいい知らせが聞けるといいんだけど」
「いい知らせ…?って、院長先生!もう、やめてくださいよ」

いい知らせって何だろうと、にこにこ笑う院長先生を見てはっと気付く。絶対にそういう意味で言ってる、これ。レノさんはすごくいい人だし、大人の男の人って感じであの余裕さは格好良いけど。でもレノさんと私が、こ、恋人とか……っないないない。そもそもレノさんが、私のことを女として見てくれてる気がしないもん。そこまで考えて、大分突拍子もない想像をしてしまっていたことに気付いて、ふるふると頭を振って庭へ歩き出した。

「それじゃあ、みんなで植えた野菜を収穫しましょう。育ててくれたお天道様に感謝しながら、丁寧に掘り起こして下さいね」
「はーい!」

院長先生の言葉に、子供たちは笑顔で元気に返事をする。その笑顔を見て、今日を迎えられて本当に良かったとほっと安心した。それぞれが手に持った移植ごてで、院長先生の教え通りに丁寧に土を掘り起こすのを傍にしゃがみ込んで微笑ましく見守る。

「先生、みてみてー!」
「こっちも来てよー!」
「ふふ、順番に行くから待ってね」

あちこちから子供たちが呼ぶ声が聞こえて立ち上がった時に、ジルくんが、あっと声を上げた。

「赤い兄ちゃん!」
「よっ、元気だったか?」

待っていた声が聞こえて、私もその声がした方を振り向く。ジルくんの頭に手を置いて笑うレノさんが見えて、胸がどきりと高鳴った。院長先生の言葉が脳裏に過ぎって、なんだかレノさんがいつもより眩しく見える。レノさんはまだ私に気付いていないようだけど、どうしてか足が動いてくれない。なんか変だ、私…。

「ナマエ先生、ごきげんよう」
「…あ、ルードさん」

気が付けばすぐ隣に、強面のルードさんが立っていて。背が高すぎて、見上げるのも一苦労だ。

「来て下さったんですね、ありがとうございます」
「いや、俺たちの方こそ誘ってもらえて感謝する。それに…今日はいつになくあいつが真剣に仕事をしてくれて助かった」
「え?」
「…こっちの話だ。…ん?ナマエ先生、顔に──」

ルードさんの手が頬に伸びてきて、でもそれはぱしりと横から伸びてきた腕に遮られた。

「ナマエちゃん、待たせたな、と」
「レノさん?」
「……レノ、なんだこの手は」
「あ?……あー、悪い」

ルードさんの手を掴んだのは、いつの間にかそこにいたレノさんで。眉を顰めたルードさんに、レノさんも何故か怪訝な表情をしてその手を離した。まるで、どうしてそうしたのかレノさん自身も分かっていないような様子に、私も首を傾げる。

「……っふ。俺は院長先生の所へ挨拶をしてくる」

突然静かに笑ったルードさんが、そう言ってその場を離れていく。なんだか、ルードさん…嬉しそう?

「はぁ…余計な気遣いやがって…」
「?何か言いました?」

溜息をつきながら小さな声で呟かれた言葉は聞き取れなくて、聞き返してもレノさんは困ったように笑うだけだった。

「はは、ナマエちゃん。大分汚したな、顔」
「え、ほんとですか?ちょっと洗ってきます…!」

うわ、恥ずかしい。土を触った手で、顔に触れたからかなぁ。あ、ルードさん、もしかしてこれを教えてくれようとしたのかな。可笑しそうに笑うレノさんに少し顔に熱が集まって、慌てて一旦ハウスの中に戻ろうとしたら、二の腕をがしりと掴まれた。

「…レノさん?」
「取ってやるよ。ほら、こっち向け」
「えっ、あの、…?」

正面を向かされて、レノさんの手が頬に伸びてきたと思ったら、袖口でゴシゴシと頬を拭われた。それにはっとして、レノさんの手を掴んで。

「レノさん、だめですよ!スーツ汚れちゃう…」
「ん?スーツくらい別に構わねえぞ、と」

構う構わないの問題じゃないのに、と思いつつもレノさんの左手が私の二の腕を掴んで抑えたままだから、されるがままになってしまう。痛くないように、あくまでも優しく触れる袖口が少し擽ったい。

「…こんなもんか。土まみれのナマエちゃんも可愛かったけどな。やんちゃもほどほどにしとけよ?」
「や、やんちゃって…」

ぽん、と頭に置かれた大きな手と、優しく細められたエメラルドの瞳に心臓がどきどきと脈打つ。ほら、やっぱり子供扱いされてる。離れていった手が少しだけ寂しいだなんて思った自分にびっくりした。院長先生が変なこと言ったせいですよ、もう…。

「赤い兄ちゃん!オレと競争しよう!」
「ふは、いい度胸じゃねーか、坊主」

そう言いながら駆け寄ってきて、くいっとレノさんのスーツの裾を引いたジルくんに、レノさんは優しく笑ってしゃがみ込んだ。最早スーツが汚れることなんて一切気にしてないレノさんに苦笑してしまう。こうして見ると、レノさんだって充分子供みたいじゃないですか。
ジルくんと一緒になって土をいじるレノさんの横顔をすぐ隣で見ながら、この楽しい時間がずっと続けばいいのにと心の中で願った。
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