09
次の日、バイクのエンジン音が家の前で止まったかと思ったら扉をノックされて、開けた先に居たのはやっぱりクラウドさん。約束をしていたから当たり前なんだけど、こうして休みの日にクラウドさんが訪ねてくるなんて不思議だと改めて思う。

「おはようございます、クラウドさん」
「準備はもういいのか?」
「はい、もういつでも。どこ行くんですか?」
「連れていきたい場所がある。あんたは後ろだ」
「…え?ま、待ってください!私バイクなんて乗ったことないです…!」

颯爽とバイクに跨って、後ろに手を付いたクラウドさんに慌てて首を振った。だってこんな大きなバイク、流石に怖すぎる。もしも間違って落っこちたりしたら、確実に死ぬんじゃ…。嫌な考えが頭に浮かんで、背筋に走る悪寒。

「大丈夫だ。ほら、」
「わ、っ!」

余計なことをぐるぐる考えてたら、ぐい、と二の腕を掴まれて、半ば強引にクラウドさんの後ろに乗せられて。初めて乗るバイクに、どこを掴んだらいいのかさえ分からず混乱していたら、腕を取られてクラウドさんのお腹に持っていかれた。あれ、思った以上に密着してて別の意味でも緊張してきた。

「ナマエ、ちゃんと掴まってろよ」
「っは、はい…!」

エンジンが掛けられて、クラウドさんがアクセルを握った瞬間に徐々に加速するスピード。さすがにエッジの市街地ではそこまでスピードを出せないにしても、やっぱり怖いものは怖くてクラウドさんにぎゅっとしがみついてしまう。

「大丈夫か?」
「な、なんとか。普通に怖いですけど…」
「すぐに慣れる」

クラウドさんの言葉は嘘じゃなく、少しずつバイクのスピードに身体が慣れ始めている。流れる風景も見る余裕が出てきた気がする。すごい、バイクで走るのって気持ちいいんだ。それにしても、一体クラウドさんはどこに行くつもりなんだろう。もう既にエッジは出ていて、この先にあるのって、もしかして。

「ミッドガル?」
「ああ、当たりだ。ここから少し揺れるぞ」

どうしてミッドガルに?そう聞こうとしたけれど、それは叶わなかった。ミッドガルに入った途端、まだほとんど手付かずのままの瓦礫のせいで結構な振動が伝わってきて、クラウドさんに掴まっているので精一杯で。暫くそんな中を走って、やっとバイクが止まった頃には私の顔は真っ青だった。

「帰りは…歩きにしましょう…?」
「時間がかかるから却下だ」
「そんなぁ…」

クラウドさんにぴしゃりと一刀両断されて項垂れる。早くも帰りのことが憂鬱になる。

「着いたぞ」
「…ここって…」

顔を上げた先にあったのは、瓦礫の中に佇む古びた教会。壁や屋根が崩れかけてはいるものの、しっかりその形は残っている。他の建物はほとんどが瓦礫の山になってしまっているのに、教会だけが陽の光を浴びてどこか幻想的にすら見えて。

「中に入ろう」

そう言ったクラウドさんが歩き出すのを追って、開かれた扉から続けて中に入らせてもらう。そして目に入ったものに、思わず息を飲んだ。屋根に空いた大きな穴から降り注ぐ陽の光に照らされた花畑と、その中央の窪みに溜まった透明な水がキラキラと光を反射している。神々しいくらいのその光景に、何故か涙が出そうになった。

「すごい……」
「…星痕病の話、あんたしてたよな」
「あ、はい…。あの時は本当にもうダメかと思いました。でも、不思議な雨が子供たちを癒してくれたんです」

答えながら、どうして突然星痕病の話を切り出したんだろうと首を傾げて、隣に立っているクラウドさんの横顔を見上げる。その視線は、揺蕩う水面を真っ直ぐ見つめていた。

「この水の力だ」
「…!これが…?」

普通の水に見えるこれが、星痕病を癒した?言われてみれば、ここ暫く日照りで雨も降っていないこの地方で、どうしてこの水は枯れないんだろう。普通はとっくに枯れていてもおかしくないのに。花を踏まないように細心の注意を払いながらそこに近付いて、しゃがみ込んで水を掬ってみる。やっぱり普通の水にしか見えないけれど、でも、この水が子供たちを救ってくれたんだ。

「これは、かつての仲間が遺してくれたものなんだ」

そう言ったクラウドさんの瞳は慈愛に満ちていて、それからどこか寂しそうで、胸が締め付けられる。

「大切な人、なんですね」
「…ああ、大切だ」

そんな顔をするくらい、その人はきっとクラウドさんにとってかけがえの無い存在だったんだ。クラウドさんの青い瞳に反射する水面が映って、泣いているようにも見える。

「その人に、会いたいですか?」
「会いたい、か…。どうだろうな」
「その人はきっと、クラウドさんに会いたがってるんじゃないかな」

私の言葉に、クラウドさんは怪訝な顔をした。私にはその人の気持ちがわかる気がする。自分を大切に想ってくれる人を置いて、先立ってしまうことはきっとずっと苦しい。会いたくならないわけがない。

「その人が少し羨ましいです」
「羨ましい?」
「はい。クラウドさんにこんなに想ってもらえて、その人はすごく幸せだと思います」
「…ナマエ、あんた何か勘違いして…」
「私だったらオバケになってでも、クラウドさんに会いに来ちゃう気がします」
「縁起でもないこと言うな…」

呆れた顔で見下ろされて、最後のは余計だったかな、なんて苦笑いする。途中クラウドさんが何か言いかけた気がしたけれど、ちゃんと聞き取れていなかったのと、クラウドさんもそれ以上何か言うわけでもなさそうだったから、気のせいだと思うことにした。
それから暫く他愛もない話をして、日が暮れる前にエッジに戻ってきた私とクラウドさん。

「せっかくのお休みの日に、本当にありがとうございました」
「俺の方こそ、付き合わせて悪かったな。…あんたを、どうしてもあそこに連れて行きたかった」
「星痕病のこと、改めて知ることが出来たので、連れて行ってもらえて良かったです」
「……それだけじゃないけどな」
「え?」
「いや、気にするな」

また何か聞こえた気がしたけれど、やっぱりクラウドさんは何も言わなくて。時間も時間だからと簡単に挨拶をして、私たちはそのままそれぞれの家へと戻った。
また少しクラウドさんのことを知ることが出来た。少しずつ近付いている距離に、嬉しいような、むずむずするような不思議な気持ちになる。私、やっぱりもっとクラウドさんのことが知りたい。
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