熱病の果報


名前が屋敷に来て一月経ったある日。
いつものように遅めの朝餉を済ませ、片付けまでやると言って聞かない名前を宥めすかして俺が代わり、漸く屋敷の雑事も落ち着いた昼中に縁側で股座の間に名前をすっぽり収めて穏やかな時間を過ごしていた。
何度こうしても未だに慣れないのか小さく丸まって俺に体重を預けようとしない名前が相も変わらずクッソ可愛い。薄い腹に回した腕でぎゅうっと抱き込めば、耳やら項やらを真っ赤に染めて更に小さくなるから口元が緩みっぱなしになって困る。

「寒くねぇかァ?」
「あったかい、です」

纏め上げた結髪に挿さる銀簪が陽の光で輝いている。髪を下ろしている時でさえ帯に差して肌身離さず身につけている様子から、この簪を随分気に入っているらしい。そういうところも可愛くて、日に日に愛おしさが増すので、そろそろ色々と耐えるのにも限界が訪れそうだ。露わになった赤みが差す項に噛み付きたい衝動に駆られ、華奢な肩口に顔を埋めることでなんとかやり過ごす。

「ん、ふふっ…擽ったいです、実弥さん」
「ッ、はぁ……よく耐えてるよなァ…」
「え?どこか痛いところでも?」

心配そうに眉を下げて振り返る名前に、そうじゃねェよ、と苦笑を浮かべつつ、ふっくらとした唇に口付ける。首が痛いだろうと触れるだけですぐに離せば、途端に腕の中で名前がもぞもぞと動き出した。

「…ん?どしたァ?」

俺の腕を剥がしたり身体を捻ったり、忙しなく動くのを大人しく見守っていると、漸く落ち着いた名前につい笑いが零れた。なるほど、向かい合いたかったのか。腕の中でぐるりと向きを変え正面から向かい合う形になって、満足そうに俺を見上げる名前の頭をよしよしと撫でる。

「口で言やァいいじゃねぇかァ」
「あっ、そうですね…!」
「っふは、可愛いなァ」

目に入れても痛くないとは正にこのことで、名前の一挙手一投足が可愛くて可愛くて仕方がない。こうして少女のようなあどけなさと、遊女上がりのふとした瞬間に漏れる色気に日々振り回されているのだが、ちっとも苦痛ではないし本当に廓から連れ出してよかったと心から思う。こいつのことだから、もしも残っていれば花魁の地位にまで登り詰めていたかもしれないし、客も数多ついただろう。欲に溺れた薄汚い男を知る前に身請けできて本当によかった。
しかし自分とて男で、好いた女を抱きたいというのは自然なことなのだ。名前のあまりにも初心な反応はそれはそれで可愛いしずっと見ていたいと思うのだが、一方でやきもきし手を出し兼ねているのも事実だった。まあ焦ることはなにもないし、ゆっくりと時間をかけて、やっぱり俺なしではいられないようにしていく心づもりではある。幸いそれに耐えうる忍耐力は人一倍あると自負している。

「あの、実弥さん?」
「うん?」
「く、」
「く?」
「口吸い、もっと、して欲しいです…」
「……ッ、………名前、首に手ェ回せるかァ?後ろに倒れたら頭打つぞ」
「は、はいっ」

真っ赤になって震えながら、上目でそんなことを言い出す名前にぐっと息が詰まった。
まさか、試されてんのかァ???
既に先ほどの忍耐力云々がてんで役に立たず理性がぐらぐらと揺れるのを感じながら、素直に首に回された細い手には頭痛すら覚える。深く息を吐いて、なるべく無心を心がけて唇を重ねた。柔らかい感触を堪能するように啄んで、弾力がある唇を自分のそれで挟んだり吸い付いたりしていれば、名前ははふはふと息を乱すのでこれは一体どんな拷問だと目眩まで起きる始末。

「なァ、名前」
「…っは、い…?」
「口、開けれるか」
「くち、?こう、れふか…?」
「そう、いい子。そのまま、な」

ぱかりと小さく開けられた口に、口角が自然と上がる。真っ新な新雪のように従順な可愛い名前。はじめから覚え込ませるのが自分だという高揚感で、ぞくぞくと加虐心にも似た感情が芽生える。余すことなく貪りたい欲を必死に抑え込んで、下唇にゆっくりと舌を這わせた。途端にただでさえ大きな瞳が零れ落ちんばかりに見開かれる。

「ふぁ、っ?」
「ん、嫌だったかァ?」
「っいえ…びっくり、して…。い、嫌じゃなかったです…」
「ふ、ならもっとしていいってことかァ」
「…ッ、んん…」

性急になりすぎないように、隙間から舌を差し込んでゆるゆると動かす。戸惑うように逃げる舌を絡め取った刹那にふと覚えた違和感。正直こんなものじゃ足りるわけがないのだが、ぬるりと舌を抜いて更に上気した名前の顔を覗き込んだ。

「っん、…も、おわ、り…ですか…?」
「おまえ……なんか熱くねェか…?」
「あつ、い…?」

ふわふわと熱に浮かされたような舌っ足らずな喋り方は、口吸いのせいだけではなさそうだ。そういえば首に回された腕も、抱き締めている背中もいつもより熱を持っている気がする。はっとして額同士を合わせれば、伝わってきたのは異常なほどの熱さだった。

「ッ、おい、熱あんじゃねェかこの馬鹿!」
「えぇ?ないですよ、元気ですもん…。やだぁ、もっとしてくださいぃ…」
「っあ゛ー!駄目に決まってんだろ寝とけェ!」

うるうると見つめられて危うく箍が外れるところだった。脇の下に手を差し込んで持ち上げ、幼子のように抱き抱えてずかずかと廊下を進む。その間もやだやだと首に擦り寄られ、こいつは本当にどうしてくれようかと青筋が幾つも浮く。病人に手ェ出すわけにはいかねェだろうがァ!クソ!!
スパンッ、ともの凄い勢いで名前に与えた一室の襖を開け、綺麗に上げられた布団を敷きなおすために名前を一旦畳に下ろそうとするが、しがみついて離れようともしないので色んな意味で苛立って舌打ちをしつつ、片手で布団を乱雑に敷いて半分放り投げるように名前をその上に寝かせた。

「胡蝶を呼んでくる。大人しく寝とけェ」
「っいやです、実弥さん…!行かないで…っ」

熱で朦朧としているのか、常より大分幼さを増した様子でいやいやと首を振る名前を宥めるように頭を撫で、邪魔になるだろうと簪を引き抜いて枕元に置く。はらりと敷布団に散る髪を梳きながら、努めて優しく声を掛けた。

「文を飛ばしてくるだけだァ。戻ったらずっと傍にいてやるから」
「…はい……」

大人しく頷いた名前に小さく笑いかけて、僅かに後ろ髪を引かれつつ隣の自室へと急ぐ。気恥しいのか甘えることに慣れていないのか、普段の名前は遠慮がちで我が儘のひとつも言わない。俺としては名前がクソ可愛くて仕方がないので、望まれればなんでも与えてやりたいくらいには溺愛しているし、もっと甘えて貰いたいくらいなのだが。そんな名前が行かないでと瞳に涙を溜めて懇願するのだから、相当身体が辛いのだろう。
胡蝶に頼るのは癪だが背に腹は変えられない。文机にどかりと座って書簡紙と筆を引っ掴み、端的に要件だけを書き殴る。胡蝶は急患がいなければすぐにでも来るだろう。俺には嫌味ったらしく鼻にかかる態度で接してくる胡蝶も、どうやら名前のことは相当気にかけているらしい。鴉に文を咥えさせ、要件を済ませた俺は足早に名前の元へ戻った。

「実弥、さん……」

襖を開け再び名前の元へ腰を下ろせば、額に玉のような汗を浮かべ辛そうに呼吸を繰り返す様子に焦燥感を覚える。その汗を手の甲で拭ってやりながら、顔を覗き込む。

「辛ェのか」
「あたまが、ぼーっとして…」
「相当熱があるみてェだしなァ。あー、手拭い濡らしてくるかァ…」
「そばにいて欲し、です…」
「ん…。わかったから、んな泣きそうな顔すんなァ」

布団には入らず畳にそのまま横になって、名前の首の下に腕を差し込む。漸く落ち着いたのかゆっくり瞼を落とす名前の顔を見ながら、胡蝶が文を受け取って早く訪れることを心から願う他なかった。

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