便りには愛おしい人を


昼餉の後の昼下がり、名前は自室の文机に熱心に向かっていた。文鎮で留めた書簡紙にすらすらと筆を走らせる。時折筆を休めては空を見つめ思案を巡らせ、暫くしてまた筆を持つという動作を繰り返していた。
そうしているうちに廊下の床板が軋む足音が近付いてきて、それは名前の自室の前でぴたりと止まる。

「名前、入っていいかァ?」
「あっ、はい!どうぞ」

襖の外から声をかけたのはこの屋敷の主、不死川だった。名前は一度硯に筆を置いて文机に背を向け、彼を出迎えるために居住まいを正す。すらりと開けられた襖から顔を覗かせた不死川の手には、大ぶりで色艶のいい柿がふたつ乗せられていた。

「すっごく大きな柿!どうしたんですか?」
「任務帰りに寄った藤の家紋の家で、手土産にってなァ」
「わぁ、それは有り難いですね!」
「今日の八つ時は柿だな」
「はい、ではもう少ししたらお茶を煎れます」

見るからに甘そうな秋の風物詩に、名前の顔も綻ぶ。心底愛おしそうに目を細めた不死川が傍に寄り、傍らにころんと柿を置いて、文机に広げられた書簡紙に視線を落とした。

「文?」
「はい、鯉夏姐さんに」
「……恋しいかァ?」
「え?」

静かに零された言葉に名前はきょとんと目をまるくした。じっと自分を見つめる不死川の瞳には、少しの憂いが含まれているように見えた。彼女はときと屋の看板花魁である鯉夏によく懐いていたようだし、半ば強引に廓から連れ出した手前、不死川にも僅かに罪悪感が残っていたのだ。名前の大事な居場所を自分が奪ってしまったのではないか、と。けれど名前は穏やかに、そしてしあわせそうに微笑んで、書簡紙に書き連ねた文字をおもむろに読み上げ始めた。

「"先日実弥さんと町へ下りた時の話です。子犬を撫でて優しく微笑むから、私は少しだけその子犬にやきもちを妬いてしまいました。"」
「……な、」
「"この間は実弥さんが夕餉を拵えてくれましたが、やっぱり実弥さんが炊くお米のほうがふっくら柔らかくて美味しいんです。もっと精進しなければなりませんね。"」

名前はそうして一通り読み上げ、手元から顔を上げて照れ臭そうに笑ってみせる。片や不死川はといえば口元に手を当てて、なんとも言い難い表情のまま固まっている。その耳は心做しかほんのり赤く染まっていた。

「えへへ…、鯉夏姐さんへの文には、いつも実弥さんのことばっかり書いてしまいます」
「っ、ハァァ………」
「実弥さん、っ?」

不死川は堪らずぎゅうぎゅうと名前を抱き締めて、腕の中で慌てる愛おしい女を離すまいと力を込めた。まさか自分のことばかり、しかも他人からすればただの惚気話のような内容をしたためていたとは。そのなんとも可愛くいじらしいことを平然と、しかも無意識にやってのける名前がもはや末恐ろしい。

「あー、クソ、…ほんと、おまえはァ……」
「えっ?あ、わっ、!」

名前の脇に腕を差し込んでぐるりと向きを反転させ、後ろから覆い被さるように抱き竦める。すっぽりと股座の間に収まる名前の項に顔を埋めた不死川の手が、そろりと帯紐にかかったところで彼女が不穏な気配を察知した。

「さ、実弥さん!?」
「ん?」
「ん?じゃなくてっ、あの、なにして…」
「脱がせてんだよ」
「ひゃぁっ、!」

しれっと答えつつ、不死川の舌がべろりと項を這う。ぞぞぞと小さな電流のようなものが走って、名前は背を仰け反らせた。なんの脈略もなく、何故突然不死川がその気になったのか名前にはまったく検討もつかないので、羞恥で涙を浮かべながらそろりと振り返って不死川を見上げる。その煽情的な表情にごくりと喉を鳴らして、不死川は本格的に名前の着物を剥ぎ取りはじめた。

「な、なん、なんでぇっ…?」
「おまえがクソ可愛いことばっかするからだろォが」
「えぇっ…!さねみさ、まだ明るい、から、だめです…!」

じたばたと抵抗する名前の耳朶をかぷかぷと甘噛みしてゆるい快感を送り込んでやりながら、抵抗が弱まった隙に性急に着物をひん剥く。

「は、今更だなァ?毎日昼間っからやらしーことしまくっただろ」
「そっ、それは実弥さんがぁ…!」
「名前に触りてェ。……少しだけ、な?」
「ッ、ず、ずるいです、その聞き方…」

名前は目を細めて窺うように覗き込まれる視線に滅法弱いのだ。勿論不死川はそれをわかっていてやっているのだが。暫く迷うように小さく唸った名前だったが、案の定真っ赤になりながらもこくこくと頷くので、不死川の薄い唇はにやりと弧を描く。まるで獲物を目の前にした獣のように舌舐めずりまでしながら。

「あ、あの、ちょっとだけ、ですよね…?」
「うん?………ん、多分なァ」
「えっ、たぶん、って、……んんぅっ!」

まさかと目を見開く名前の身体を畳に押し倒しながら、不死川は彼女の柔い唇を己のそれでかぷりと塞ぎ、言葉と思考を奪っていった───。


***


「う、ぅ〜…!実弥さんの、嘘つきぃ…!」

しくしくと布団に埋もれて泣く名前の髪を指先でくるくる弄りながら、不死川は苦笑を漏らした。果然のことながら、少し触るだけで済むわけがなかったのだ。自分の手で乱れる可愛い可愛い名前を目にしてしまえば、不死川が止まれるわけもなく。たっぷりと甘やかし可愛がってやって、ぐずぐずに溶けた名前にさらに煽られ、昼中からきっちり二回交合ってしまった。すんすん泣く名前に流石にやりすぎたと反省はしつつも、不死川の心は満たされていてしあわせでいっぱいなので。

「悪かったって。柿、食うかァ?」
「……たべます」
「ん、剥いてきてやるから座ってろォ」
「はい…」

単純にも柿で幾らか機嫌を取り戻した名前の頭をぽんぽんと撫ぜて、不死川が柿を手に厨へ向かう。手伝おうにも酷使した腰に鈍痛が走り、上手く動けそうになかった。書き終えた文を片手に這うようにして縁側にずりずりと移動し、やっとのことで腰を下ろす。切り分けた柿と湯呑みを盆に乗せた不死川が暫くしてやって来て、名前の隣に腰掛けた。

「文、出すのかァ?」
「はい、書き終えたので」
「鴉使っていいぜェ」
「本当ですか?ありがとうございます!」

不死川が宙に腕を掲げると、見計らったかのように屋根から鴉が腕の上に降り立った。賢い鴉だと感心しながら、名前が嘴に文を咥えさせる。ちょんちょん、と指先で小さな頭を撫でれば、鴉は気持ちよさそうに目を細めた。

「ときと屋の鯉夏姐さんにお願いします、"さねまるさん"!」
「さねまるゥ…?」
「はい、鴉さんの愛称です!可愛くないですか?」

ばさばさと宙へ飛び立った鴉を見つめながら、実弥さんの"さね"ですよ、と名前は嬉しそうに笑う。一方で不死川は、俺の鴉は果たしてそんなへんてこな名前だっただろうかと考えながらも、あまりにも名前が可愛らしく笑うものだから、さねまるねェ、と呟く。自分の鎹鴉にすら嫉妬してしまうのだから、いよいよ末期だなと自嘲せざるを得なかった。ふぅ、と息を吐き出して庭先に伸びる影の位置を確かめる。

「任務まで二刻はあるな」
「なにか用事でも?」
「もっかいくらいできそうだな、ってなァ」
「……っ!?しませんよ、しませんからね!?」

さらりと吐き出された言葉に身の危険を感じた名前がぶるりと背筋を震わせ、不死川から慌てて距離を空ける。不死川はそれに冗談だとくつくつ笑いながら、名前の腕を取って引き寄せた。おそるおそる見上げると、不死川の整った顔が穏やかに綻ぶので、きゅうっと心臓が切なく締め付けられる。

「こうしてくっついていられりゃ充分だ」
「うぅ、私はどきどきして心臓がもたないです…」
「平穏に二刻過ごしてぇならあんま可愛いこと言うんじゃねェ」

ぎょっとして口元に両の手を当てる名前がやっぱりとても可愛くて愛おしいので、不死川こそ胸がいっぱいになりながら、微風が吹くように笑ったのだった。

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