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音を立てないように気を付けながら部屋の扉を閉める。ティファとマリンはぐっすり眠っていた。身体は疲れきっているはずなのに眠気がこない私は、夜風に当たろうと静かにエアリスの家から外に出た。
エアリスの花畑に、お花を踏まないようにして入る。肌を撫でる風が気持ちいい。
「……はぁ」
大きく息を吸って、吐いて。プレートの隙間から少しだけ見える夜空を見上げた。
今日は本当に色々ありすぎた一日だったな、なんてひとり感傷に浸る。そういえば、と後ろのポケットを探って、指に当たったそれを引っ張り出した。
「…写真、持ってきて正解だった」
ザックスと私。ポケットの中でくしゃくしゃになってしまったけれど、やっぱり変わらずふたりは楽しそうに笑っている。この写真を撮った場所も、瓦礫の山になっちゃったんだ。
その場にしゃがみ込んで、指先で写真をなぞる。ぽたぽたと写真に雫が落ちた。私以上に辛い思いをした人もきっと沢山いる。でも、悲しくて辛くて、心が押し潰されそうだ。こんな姿、ザックスが見たらバカだなって困ったように笑われちゃうだろうな。
その時、突然聞こえてきた草を踏む音と、声。
「──ナマエ?」
「っ!」
弾かれたように慌てて立ち上がって写真をポケットに突っ込んで、私はその人に背を向けた。腕で乱雑に涙を拭って、振り向かずに声をかける。
「クラウド…どうしたの」
「足音が聞こえた。……泣いてるのか」
「え、…あはは。泣いてないよ、気のせい──っ!」
ふわりと身体が温かいものに包まれた。それがクラウドだと気付くのに、少し時間がかかった。
「…クラウド?」
強く、でも優しい腕が後ろから私の身体に回されている。突然のことにびっくりして、涙も引っ込んだ。ドキドキと鼓動が速まっていくのが自分でもわかる。
「…あんたが泣くと、どうしたらいいか、わからなくなる」
耳元で静かに呟くようにそう言ったクラウドの声が、いつもより弱々しく聞こえたのはきっと気のせいじゃない。胸が締め付けられるように、切なくなる。
「…クラウドらしくないよ…」
「そうかもな」
ぎゅうっと回された腕に力が籠る。私の肩口に顔を埋めるようにしたクラウドの髪が、私の頬をくすぐる。
絶対に、私の心臓の音はクラウドに聞こえてしまっているだろう。でも、背中に感じるクラウドの鼓動も早くて、私だけじゃないんだと嬉しくなる。ティファには、クラウドへの気持ちを忘れると言ったけれど、やっぱり思ってしまう。私は、この人が苦しいくらいに好きなんだと。
「ナマエ…あんたが泣くと、困る。でも俺がいないところで泣かれるのは、もっと困る」
「…ふふ、なに、それ」
クラウドがかけてくれる言葉に照れて笑う。離さないとでも言うように、強く回された腕が少し苦しくて、それ以上に嬉しくて。
「泣くなら俺がいるところにしてくれ」
「…うん」
「……ナマエ」
吐息混じりに耳元で囁かれた名前にまた強く胸が締め付けられてたまらなくなる。
「…っん、」
はぁ、と何かを堪えるように吐き出されたクラウドの息が耳を撫でて、擽ったさで思わず変な声が出てしまった。
「っわ、悪い…!」
「う、ううん…大丈夫…」
驚いたようにクラウドが身体を離して、温かかった背中が寒くなった。クラウドのほうに向き直ったら、あったのは眉を下げて少し赤くなった顔。それを見て、やっぱり締め付けられる心臓と、感じる愛しさのようなもの。
好きって、こんなに苦しいんだ。でも、もう自分に嘘はつけないところまで来てしまった。リーフハウスでエアリスに言われた言葉が脳裏に過ぎる。自分に嘘は良くないって、…うん、そうだねエアリス。
「…もう寝れそうか?」
私を真っ直ぐ見つめる、何を考えているのか読み取れないクラウドの表情に、咄嗟に言葉が出てこなかった。だって私の、正直な気持ちは──。