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こんなにすぐ、またここに来るとは思ってもいなかった。辿り着いたエアリスの家の扉を開いた途端、バレットが中に飛び込んだ。
「マリンは!マリンはどこに居る!?」
知らない大男が大声をあげて飛び込んできたのに、エルミナさんが驚かないわけもなくて。ダイニングの椅子から警戒したように立ち上がったエルミナさんに、慌てて私たちも家の中にあがらせてもらった。
「バレット!」
「あんたたちは…」
「す、すまねぇ。俺はバレット。マリンの父親だ」
「…2階で眠ってるよ」
エルミナさんの言葉を聞いた途端、バレットが2階へと駆け上がろうとして、騒いで起こさないようにと重ねて注意を受ける。そっと階段を登っていくバレットに、ティファとクラウドも続いた。私とエルミナさんだけが、その場に残る。
「エルミナさん…」
「ナマエさん、だったかね」
「はい。すみません、エアリスのこと…」
「その話は、他の人たちが戻って来たらだね。…まずは、こっちにおいで。その腕、手当てが必要だろう?」
棚から救急箱を手に、エルミナさんが私を呼んだ。言われた通りにダイニングの椅子に腰かける。テキパキと慣れた手つきで消毒と傷薬を塗って、あっという間に包帯まで綺麗に巻かれた。
「ありがとうございます…。慣れてるんですね、こういうの」
「これでも母親だからね。エアリスのおかげで、手馴れたもんさ」
「ふふ、羨ましいです。お母さんって、こんな感じなんですね」
「…母親はいないのかい?」
「いません。母がいた記憶も、なくて。…って、すみません、こんな暗い話」
エルミナさんの暖かさに触れて、つい余計なことを話してしまった。慌てて謝って、暗くなってしまった空気を払う。
「でも、友達が沢山いるので平気です。エアリスも、大切な友達なんです」
「…そうかい。ありがとう、あの子が聞いたら喜ぶよ」
その言葉に少し笑って頷いた時、丁度マリンの様子を見に行っていたクラウドたちが2階から降りてきた。バレットがどこか気まずそうな顔をしているのは、きっとマリンのこれからについて懸念しているんだと思う。
「エアリスは神羅に行ったよ」
「…すまない」
「エアリスにマリンのことを頼んだのは、私です。知り合ったばかりなのに、とても良くしてくれて、…だから、甘えてしまいました」
ティファがエルミナさんに向かって頭を下げる。でも、エルミナさんは首を横に振った。
「あんたらのせいじゃない。遅かれ早かれ、こうなる運命だったのさ…」
「……古代種だから、だな?」
クラウドがふいに口にした言葉に、エルミナさんは少しだけ目を見開いて、それから私たちにエアリスのことを聞かせてくれた。エアリスが神羅に追われる理由と、エルミナさんとは血の繋がりがないこと。
どれも驚くべきことばかりのはずなのに、何故だか納得が出来てしまった。
「居場所を知っているのに誘拐もせずに待つなんて、タークスらしくないな」
「エアリスの自発的な協力が必要なんだとさ。…用が済んだら、すぐに帰してくれるだろうよ」
「……どうかな」
どこか吐き捨てるように言ったクラウドが、扉に向かって歩き出そうとするのをエルミナさんが立ち上がって制止した。
「何をしようってんだい!?ことを荒立てないでおくれ…!エアリスまで失うことになったら、私はもう……。頼むよ…」
悲痛なエルミナさんの声に胸が痛む。クラウドが言いたいことも、エルミナさんが言いたいことも、どっちもよく分かる。あの神羅が、苦労して手に入れた古代種のエアリスを易々と手放すわけがない。それでも、エルミナさんはエアリスのお母さんだから。何かあったらと心配で堪らないのも仕方が無いことだと思う。
「クラウド、お母さんの言うとおり。用が済めば帰ってくるかもしれない。だから、もう少しだけ待ってみない?」
「……わかった」
ティファがなんとかその場を収めてくれたことにほっとする。その選択はただの先延ばしなのかもしれないけれど、それでも今すぐにする話じゃない。
「七番街スラムに戻らねえか?やること、色々あんだろ」
「バレット、その前にちょっとだけいいかな。…エルミナさん、上の部屋、少しだけお借りしてもいいですか?」
「あぁ、好きに使いな」
エルミナさんにお礼を言って、みんなに着いてきてもらうよう視線で訴える。ちゃんと話しておかなければいけない。そして、例え許してもらえなくても謝らなければ進めない。