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「っう、…だめ、おねがい…!」

津波のような流れに、腕が持っていかれそうになりながらなんとか踏ん張る。通す気が無いどころか、私の腕を異物と認識でもしているのか、切り刻まれるような痛みが走る。腕を伝う生暖かい感触から、おそらく血が流れているんだと思う。
それでも諦めるわけにはいかない。この手の先にルードがいる。
でも、その手がルードに届くことは無かった──。突然霧が晴れるように黒い影たちが闇夜に消えていく。ルードの手が、最後のボタンを押下するのがスローモーションで見えて、私はその場に膝から崩れ落ちた。

『プレート解放システム起動完了──最終シークエンスに移行します すみやかに退避して下さい』

感情の無い機械音のアナウンスが辺りに響き渡るのを呆然と聞く。間に合わなかった。スラムを、みんなを、大切な思い出を、守ることができなかった。

「ナマエ!大丈夫か!?…っ、その腕…」

駆け寄ってきたクラウドを腰が抜けたようにしゃがみ込んだまま見上げる。私の左腕に視線を落としたクラウドは、目を見開いて黙った。その視線を追って、自分の腕を見る。浅いものから深いものまで、大小様々な切り傷。流れる血で腕は真っ赤で、地面に黒い水溜りを作っていた。
でも、感覚そのものが無いくらいに、痛みも何も感じない。その後すぐに駆け寄ってきたティファとバレットも、クラウドと同じように目を見開いて、私の元にしゃがんだ。

「っ!ひどい傷…。早く、手当しないと!」
「平気、それより…止めなきゃ…」

ティファが差し出してくれた手を支えに、ふらふらと立ち上がってモニターの前に立つ。その瞬間に、モニターがリアルタイム映像に切り替わった。映っているのは──。

「……ツォン」
「ナマエか。システムの解除はもはや不可能だ」
「お願い!止めて!」
「ティファ!マリンは大丈夫だから!」

突然ツォンの前に乗り出すように映ったエアリスに、その場にいた全員が目を見開いた。どうして、エアリスがツォンと一緒にいるの?

「エアリス…?」
「マリン?マリンだと!?あんた、マリンを──」
「そこはどこだ」
「わたしは──」

クラウドの問いかけに、エアリスが口を開いた途端、その先を言わせないようにツォンが制止した。兵士によってエアリスが連れていかれ、画面には最初のようにツォンだけが映し出される。

「君たちの活動が巡り巡って、我々に古代種をもたらしたというわけだ。その点に関しては礼を言おう。…ところでナマエ、そろそろ分かってくれただろう?おまえの居場所は──」
「やめて!…っう、!」
「ナマエ!もういい、耳を貸すな」

ツォンの言葉を、私は半ば叫ぶように遮った。その反動で、それまで感覚がなかったはずの左腕に鋭い痛みが走る。クラウドがふらついた私の右腕を掴んで支えてくれて、なんとか座り込まずに済んだ。

「まぁいい。なんにせよ、アバランチにも"レプリカ"にも、逃げ場などないのだからな」
「逃げて、早く逃げて!」

姿は映っていないけれど、エアリスの声が聞こえて、それを最後に映像は遮断された。それとほぼ同時に、最終段階を告げるアナウンスが流れ、私たちがいる更に上のプレート部分で大規模な爆発が起き始めた。

「ナマエ、走れるか」
「うん…大丈夫」

クラウドに頷いて、右腕を引かれたまま先に脱出ルートを見つけていたバレットの元に走る。上から次々と降ってくる瓦礫と痛み始めた左腕のせいで上手く走れない中、なんとかバレットの元へ辿り着いた。

「これで逃げるぞ!急げ!」

目の前には、支柱からスラムの市街地まで伸びるワイヤー。バレットの言葉にクラウドとティファは頷いて、飛び乗る姿勢を取る。でも、私はその場を動けずにいた。どんどん増してきた左腕の激痛に顔が歪む。もう、指先すら動かせない程に。

「…ごめん、この腕じゃ無理…。みんな、行って」
「ナマエ、何言ってるの!?」
「バカ野郎、置いてけるわけねぇだろ!!」

血相を変えるティファとバレットに、首を振る。もう時間がない。このままじゃみんな揃って、プレートの下敷きになる。と、その時何も言わずにいたクラウドがバスターソードを下ろして私の前で背中を向けて膝をついた。

「…クラウド?」
「早く乗れ」

まさか、私を背中に背負って行く気なんだろうか。さすがにクラウドでも、片腕で2人分の体重を支えるなんて危険すぎる。まだ動けずにいる私に、顔だけで振り返ったクラウドが口を開いた。

「一緒に、帰るんだろ?」
「…!」

それはジェシーに私が言った言葉だった。頷いて、クラウドの背中に乗る。左腕は使い物にならないから、右腕をぎゅっとクラウドの首に回す。

「よっしゃあ!行くぞ!」

バレットの掛け声で、ティファに続いて私を背負ったクラウドもワイヤーに飛び乗った──。
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