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「遅くなっちゃったね。帰ろ」

エアリスの言葉に頷いて、私たちは改めて帰路についた。

「遅かったじゃないか。一体何してたんだい」

エアリスの家の扉を開けて、飛び込んできたのはエルミナさんの怒ったような声だった。というよりはむしろ、帰りが遅いエアリスのことを心配していたのかもしれない。

「ごめんね。色々回ってきたから」
「夕食の準備ができてるよ」
「あ、運ぶね」
「だったら客間の準備を頼むよ」
「はーい。ふたりはくつろいでて?」

笑顔で答えたエアリスが、そのまま2階へと駆け上がっていく。それを見送ったエルミナさんが、クラウドへと視線を移した。

「あんた、その目ソルジャーなんだろ?」
「元ソルジャーだ」
「悪いけど、何も聞かずに今夜のうちに出ていってくれないかい?あんたたちは、普通の暮らしと引き換えに力を手に入れたんだろ?…欲張っちゃいけないよ」
「っ──」
「クラウド」

何か言おうと口を開いたクラウドを制止して、首を横に振った。エルミナさんの表情は真剣そのもので、そして大切な娘を心配する母親の顔だった。クラウドもそれはわかっていたのか、大人しく引き下がる。

「エルミナさん、わかりました。今夜のうちに、必ず」
「……すまないね。あんたにまでこんな物言いをして」
「気にしないで下さい。むしろお騒がせしたのはこちらですから」

エルミナさんに微笑んでみせる。これ以上エアリスを巻き込みたくないのは、私たちも一緒だから。

「おまたせ〜」
「ご苦労さん、お腹すいただろ」
「ペコペコ〜、ね?」
「うん、ご馳走になります」

エアリスに悟られるわけにはいかず、私たちは気持ちを切り替えて、エルミナさんお手製の夕食をご馳走になることにした。

「ナマエ、ほんとにそっちの部屋で、いいの?」
「え」
「いい。こいつは何処だろうと気にしない」
「え、ちょ」
「そっか。じゃあ、おやすみ、ふたりとも」
「ああ」
「えっ」

エアリスがひらひら手を振って、パタンと隣の部屋の扉が閉められた。ついでに私の右腕はクラウドにがっしり掴まれている。そのままぐいぐい引っ張られて、あれよあれよという内に部屋の中に連れ込まれ、目の前で扉が閉まった。流石元ソルジャー、早業すぎる。

「え、なんで?」
「なんでって、なにが」
「いや、わかるでしょ。この状況のことだよ!」
「今夜のうちにここを出るんだろ。この方が都合が良い」
「あ、それは…たしかに」

テンパりすぎて、一瞬忘れていた。確かにクラウドの言う通り、私がエアリスと同じ部屋にいたら、出ていくタイミングを逃しかねない。でもなんか、なんかさ…リーフハウスでエアリスから変な話をされたばかりで、なんとなく気まずいっていうか。
クラウドのほうを窺うと、いつもの無表情でベッドを背もたれに床に座って、窓の向こうで輝く月を見上げていた。自分だけが謎の気まずさを感じているのが馬鹿らしくなって、クラウドの隣、床ではなくベッドに腰掛けた。ベッドが体重で軋む音で、ちらりとこちらを見たクラウドも、特に何も言わずにまた視線を窓へと向ける。
手持ち無沙汰になった私は、ダガーを取り出して研磨用の布でそれを磨くことにした。

「…ナマエ」
「うん?」

静かに呼ばれた名前に、手を止めてクラウドを見る。

「黒いローブの男に掴まれた時、"何か"見たか?」
「──!…そう、だね。でもあまり覚えてない」
「そうか…」

蘇る、全身に鳥肌が立つような非情な笑みを浮かべる男。セフィロスを、やっぱりクラウドも見たんだろうか。ただ、私が神羅にいた時に関わった実験にも触れなければならなくなる気がして、私は咄嗟にはぐらかした。それ以上クラウドは追求するつもりもないようで、内心ほっとする。

「クラウドがすごく心配してくれてたって、エアリスから聞いた」
「っな……それはあんたが今にも死にそうな顔色だったから、」
「うん…ごめん」
「…あんたは、頼らなすぎだ」

ボソリと呟かれた言葉に、手元を見ていた視線をクラウドに移す。位置的に私を見上げるクラウドに、少し新鮮な気持ちになる。

「頼ってるよ、すごく」
「どこが。………心配、なんだ」
「…え」

綺麗な翠玉のような、魔晄の瞳が真っ直ぐ私を射抜いている。時が止まったように、身体が動かない。吸い込まれそうだ、とただ思った。伸ばされる手をどこかぼーっとした頭で、見つめる。その手は、私の頬にそっと触れた。壊れものに触れるような優しいそれに、触れられた頬から熱が広がる。

「……っくら、うど…?」
「───…、疲れただろ。少し寝たら、出発だ」

震える声で名前を呼ぶと、クラウドの綺麗な形の眉が切なそうに歪んだ。離れていった手と、外された視線。まだ熱に冒された頭で、私は頷くことしかできなかった。
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