short novel

それぞれの守りたいものは矛盾する




 カツーン、カツーン。



 逆光の中、光は暗闇に妨げられながらも1つの女性のシルエットを映し出す。ハイヒールの音だけが響く中、その度に女性の長い髪が左右に揺れていた。



「ずいぶん早いのね」


 彼女はハイヒールの音を止めて、眼下の暗闇がさらに一部だけ濃くなった陰に呟いた。


「あぁ。最後くらいは遅れたくなくて」


 深い青年の声が返ってくる。彼の返答によっては、戦いは避けられない。だからいつも通り彼女は早く来て、現場の確認をしておきたかった。

 しかしそれができなくて残念だということは少しも表面に出さず、彼女はいつも通り続ける。



「いつも遅れてないわよ。今日に限っては約束の時間はあと10分後だもの」


 計算では、彼がいつも通り遅刻してきて、20分の時間が彼女には与えられているはずだった。それ以下では不足で目的を達成できず、それ以上だと十分すぎて目的以上のことを相手に伝えてしまう。

 だが計算違いだったとしても、うろたえる気はない。最後まで誇りを全うするまでだ。自分のためにも、……彼のためにも。



「君がいつも10分前に来ることは知っていたんだ」

「あなた、いつも計ったように10分遅れてくるから知っているんじゃないかと思っていたわ」


 あくまで冷静に、努めて平静に。ここで終わるのならば、最後まで長年いがみ合う敵同士に。ここで終わるのならば、彼の憎んでやまない敵であってみせる。


「それならば、話は早いわ。本題に入るわね」


 彼女は規則的なハイヒールの音を再開させた。今度は下降運動を伴って。

 彼を見下ろすのは、そういえば彼女にとってははじめてのことだった。それでも見通しが悪い視界でも、最も陰の濃いところからは目をそらさない。


「何もしないから転ぶなよ」

「余計なお世話」

「勘違いするな。取引材料に傷がついたら困る」

「そう」


 今回の取引材料も、ドリームフューチャー。これはオパールの1種で、見る角度によって色が変わる。研究者曰く、同じ色の角度がないとか。

 それは定かではないが1つはっきりしているのは、彼女たちの国でしかここまで質の高いオパールを採ることはできないということ。

 貧しい国でも、いくつもの可能性を込めて、この笑ってしまうような名前が付けられたと聞く。


 しかしどのような由来であれ、このままでは未来は、絶望の1色でしかない。



 この宝石が彼との取引で差し出せるのは、前回が最後だった。

 彼の国が、その貴重な宝石を使って何をしているのか彼女は知らなかった。おそらく、売り飛ばすなりオークションにかけるなりするのだろう。所詮、金儲け。

 事実が違うならば、なおさらそう思うしかない。彼女にとっては、私情を差し挟むことも、感情に流されるわけにもいかないのだから。



 そう、彼女が彼の対価として払われるブラックオニキスが自分の国で何に使われているのか考えないのと同じように。





1/6

prev/next