Aldebaran | ナノ



10





シフトの時間よりも3時間早くバイトに入って、店長に断りを入れて、備品が置かれている隙間で睡眠を取った。
寝にくいことこの上ない。けれど落ち着かない家よりも数倍気が休まる。

「…おい?」

物音に目を覚ますと、石川さんが来たところだった。

「ちわ…っす、」

挨拶だけ済ませて、また目を閉じようかと思ったけど、見上げた石川さんがかっこよくて思わずじっと見つめてしまった。
少し前髪が伸びてきて、目元を覆う感じになっている。うまくセットしてあるけど、見下ろすことで前髪が揺れる。

「寝てたのか?」
「早く着いたから…ちょっと仮眠を」

丁度逆光になる角度に石川さんが立ってしまって、表情が見えなくなったから、俺は視線を膝の上に落とした。
下手なことを言って気を引こうとしてると思われるのも心外だ。

「俺さ、お前ん家の事情とか、そういうの知ったこっちゃないわけよ。今、ダチのこともあったりで構ってやれねえんだわ…。いつかとか、いつまでもとか、俺頼りにされても困るし…」

あぁ、頭が拒絶しようとしてるなぁ、石川さんの言葉を。
必死で一語一句飲み込もうとした。俺、馬鹿だから言葉理解できるのかな、石川さんの本当に言いたい言葉をちゃんと理解できるのかな。

「それに、俺のところに来るだけで、お前のその睡眠不足とかぼんやりが解決するのか?しねぇだろ?進展あるのか?何か変わったか、現状。お前も何とかしようとしてるか?」

現状はどんどん悪い方向にしか行かない。
記憶の薄い、あの幼い頃と同じ様にになるのだとしか感じない。
何とかなると思っていたのに、現実は力に屈するだけだ。

「なに…イライラしてるの石川さん。それは俺に八つ当たり?俺は何も求めてないよ…俺は石川さんが好きなだけで…何も、求めてない。石川さんがどう思ってるのか…そりゃ嫌われるのは嫌だけど、でも、答えが欲しいわけじゃないし石川さん頼ってる、つもりもなかったんだ。俺は石川さんと少しでも――」

時間を、石川さんの時間を貰いたかったんだ。
俺との時間を作ってほしかったんだよ。
すべてのことを上塗りできるだけの幸せな気持ちが少しでもたくさん欲しかった。

どれも言葉にできなくて立ち上がった。
自分のシフトまでの時間はまだ少しある。少し外に出て、また戻ってくるつもりだった。

「――いっ、」

石川さんが俺が逃げるとでも思ったのか、通り過ぎる俺の腕を取ったのだけど、こらえきれない激痛が走る。思わず、体を守るように石川さんから身を引いた。
何を思ったのか、石川さんが俺の腕を再び取って、俺の服の袖をまくりあげる。
汚い、肌の色が視界に入って、ぞっとした。

「ぶつけた、だけで―…っ、やめっ!」

逃げようとすると、変色した腕を握る手に力を入れられ、痛みに抵抗する力が弱まった。そ隙を見て石川さんが服の裾に手をかけた。

「なんだよこれ」

慌てて体をよじって石川さんから離れる。するりと降りてきた服を引っ張り、体をすぐに隠した。

「石川さんには関係ないだろ」
「お前…」
「俺がどんな生活してようが石川さんには関係ないだろっ」

沈黙が痛かった。同情されたのか、この痣をどう思ったのか…。
いいや、そんなのどうでもいい…石川さんに嫌われたら、どうしよう。
昔みたいに、小学生のころ…知らない人たちからも無視されたみたいに…そんな風に石川さんも俺の存在を消したら…どうしよう。

「睡眠…家で寝れない理由か?」

「ち、違う…。だからって石川さんのところに行きたいって言ったんじゃない…俺、ほんとただ…石川さんと一緒に居たかっただけで、こんなの、関係ない」

確かに少し、甘えたけど。
睡眠不足利用して、とか考えたけど…。
帰りたくない理由は山のようにあるけど。

でも、そのせいで俺の気持ちまでないがしろにしないでほしい。

「石川さん、時間ですよ。俺、ちょっと目ぇ覚ましてきます」

悔しかった。
体がどうとか関係ないのに。
この気持ちだけでいいのに。


自分の時間が来て、石川さんと共に働いて、それは変に変わらない日常だった。
石川さんが気を使ったのかもしれない。気を使って普通を装ってくれたのかもしれない。ホッとした。
いつもより多めの会話をして、それから石川さんは先に帰った。

俺もいつもの時間まで働いて、昨日に続いて石川さんの家の前で時間をつぶす。
早々と寝たのか今日は石川さんの部屋の電気は点いていなかった。
友達との空間。あそこまで行けないなら、じっと見つめて、それだけでいい。
求めて求めて、何度求めたって手に入るなんて思ってない。
そこは得意の妄想が俺にはある。
空しさなんてとっくの昔に置いてきた。


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