Aldebaran | ナノ



09






石川さんが優しいから、ちょっと調子にのってしまって。
調子が悪いふりをして石川さんの家に泊まってを繰り返した。
シフトの都合が合うときだけ、一緒に仕事をして、帰る時間帯を俺が合わせて声をかける…。

味を占めたこの気持ちは、どんどんと大きくなっていく。
その大きくなる気持ちに正直に動いていた。
石川さんの迷惑とか、シフト変更での周りの事など、気付かないフリして…。

「石川さん今日…」

「―――、体調が悪いんだよな?一回くらい病院で見てもらえよ?」

石川さんの一瞬の間に、俺はあいまいに笑って検品に向かった。

体調が悪いから泊めてもらえる。
睡眠がとれるようにと、提供された“場所”だった。
ならば寝ないでいればいい。風邪くらい、体を冷やせばひけるだろう。
貪欲で醜い気持ちが大きくなっていく。
忘れてしまいかけていた、常識から離れた自分を改めて考え直さなくてはいけないと思った。石川さんには自分を普通の人だと思ってほしいから。しばらくは石川さんの家に行くのはやめた方がいいのかもしれない。


そんな決意をしたときに、決まってタイミングってのは悪いもんで。
ついでに家に来る男の虫の居所も悪かったらしい。
自分がいくら大きく成長したからと言えども、自分がいくら強くなったと言えども…。

(このサンドバック状態は辛い)

吐き気を呻きに変えながら、冷静にそんなことを考えていた。
自分が大きくなれば、それだけ相手の手加減というものがなくなるだけだった。
何度か意識が飛びそうになる。
相手の足が肩を蹴り上げ、横たえていた俺の体が裏返る。
すぐさま胸倉をつかまれて、男が何かわめいていた。呂律の回らない言葉を理解する気にはなれなかった。

腹に、拳が入って“ぐぅ”という息なのか音なのかわからないものが出た。

かすかに聞こえる母に助けを求める声は幼いころの自分だった。
小さいころの記憶が、再び、蘇って。
ぐずぐずと泣き、うるさいと今俺を蹴り上げているこの男に顔をはたかれたっけ。
あの時、母さんは助けてくれたんだっけ?
男を止めに、入ってくれたんだっけ?

優しく笑う石川さんが見えて、俺は笑い返した。

「笑えるなんて余裕だなぁ!」






昔の名残なのだろうか。
男は顔は殴らなかった。
昔も男は言っていた。顔を殴ると厄介だって。
小学校に通う俺が顔に痣を作るとすぐに問題になるから。

「ね、石川さん」

だから俺は今日も何食わぬ顔してバイトに出てる。痛みでうまく動かない体も、誰にバレることもない。

「悪い、今は友達が泊まりに来るから無理だ」

泊まらせてくれなんて、まだ言ってない。
なんだかそう言わせるくらい石川さんには負担になってたのか。
折角の距離がまた離れていく気がする。

家に帰るのが怖いだなんて思うのは悔しくて。
石川さんの家に行くため、自宅には帰宅しないんだとそんな理由が欲しかった。
あの男に対する思考を塗りつぶしたかった。石川さんの部屋で、石川さんの匂いで…。

自分がやっぱり優先順位では下なのだと、そう、言われている。

「石川さん、…すきです」

自信の無さが声の大きさに比例するように、小さく消えていく語尾。
石川さんは聞こえているだろうに何も反応をしない。いつからだっけ、この言葉が当たり前のように捉えられたのは、最初からだっけ?
伝わらなくてもいい。ただ、気持ちを知ってほしいと思って言葉を重ねて…。

どう思われても、あなたは俺にとってまぶしい存在だ。
憧れて、恋焦がれて。今日もどうしようもなくなって、言葉にしたいだけ。
また振り出しに戻ったと思えばいい。

平気だと思っていた腹部がうずく。
構って欲しいとでも思ってるのか、と自分でも笑えるくらいに。

体のあちこちが痛かった。家には帰りたくない。でも自分にはそこしかない。
休憩の間にコーヒーと一緒にアルバイト情報誌も買った。母さんの元から離れるべきなのかもしれないと、思って。

でも、こんな俺が一人で生活できるのか?世間の常識というやつとずれてる感覚で、大丈夫なのかと笑いたくなる。



家に帰る気にはなれなくて、石川さんの家の前で時間をつぶしていた。
遅くまで点いていた石川さんの部屋の電気が消えて、それから数時間…空が明るくなりはじめた頃、俺はようやく家に帰った。


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