Aldebaran | ナノ



08






石川さんの家はこの前来た時と大して変わってなくて、一応、こっそりと音を立てずに上り込んだ。

「大丈夫、親にも言ってるし」
「迷惑ですよね…」
「んー、まぁ、親もこういうの慣れてるからな〜ま、気にすんなよ。その分親もまったくお構いなしだからな。それに迷惑なら迷惑って俺は言うから」
「…ありがとうございます」

普通の家は、こんな感じなのか。
自分の家が全く基準にならないから、よその家の感覚が解らない。
わからないからこそ、小学校のころには帰宅時間、というものが解らず友達やその親から怪訝な顔をされたものだ。

石川さんの部屋にはベッドのそばに布団が畳まれていて、

「あー、友達来てたからな、入れ替わりでお前が来た感じになるの。どっちがいい?布団とベッド。寝やすい方選べよ」

あぁ、あの日石川さんの自転車の後ろに乗ってた“友達”が。
ここに泊まっていたんだ。ここで石川さんと過ごしていたんだ。
おまけにこれ着て寝ろよ、と差し出されたのはピンクのTシャツで――。

「?あぁ、花柄がダサいって?こないだ貸した奴にも言われたけど…そんなにダサいかぁ?でもピンクの色はいいだろ?パジャマにするなら絹100パーだしちょうどいいし」
「あの、俺、このままで、明日朝には帰るし…」
「じゃぁ、このクマさんにしときな」

と、茶色のシャツを渡された。この間来た時に部屋にかかってたやつだ。
茶色なら色には抵抗ないだろ、クマだし、ちゃんと綿100だから…とブツブツ言ってる石川さんがどうしようもなく、憎たらしくて、でも、すごく、好きだと…改めて思った。

「あ、ありがとうございます」
「風呂、行って来いよ。良かったら湯船にも浸かってあったまって寝たらすぐ体調も戻るって」

石川さんに勧められるまま風呂に入って、それはもう夢心地の時間だった。
時計を見てもまだ日付は変わってなくて、こんな時間にもう布団に入ってしまっていいのか?と考えると、なんだかもったいなくて…携帯の充電が無くなっても困らないから、とベッドに体を横たえて石川さんの部屋の写真を数枚撮った。
これで、自分の家で寝てるときに、この写真を見れば石川さんの家にいるのと変わらないと錯覚できる。

石川さんも優しくて、久々の石川さんとの会話に胸が温かくなる。
やっぱり好きなんだ、石川さんが、好き。
あの優しさを独占できれば、あの声を、あの優しくほほ笑むときの細めた目を、自分だけに向けれたら、どれだけ幸せだろう。

それはもう、死んでもいいくらい、の事だろう。






「―――っ、は」


目を開けると暗闇で、慌てて体を起こした。
何が起こっているのか、わからなくて、此処がどこか、わからなくて、
息ができなくて、苦しくて、必死に口を開けた。

「安立、安立…、」
「は、…はっ」
「大丈夫か、わかるか?」

腕をつかみ、背中をさすってくれるのが、石川さんだと知って、慌てて意識を正常に戻す。自分が今ある現状を思い出すことに必死になった。

「…石川さん」
「あぁ、大丈夫か?」

こくこくとうなづいて、何とか平常心を手繰り寄せる。

「熱あったのか。すごい汗だ」

わからない、このところの体調なんて何もわからなかった。
学校に行って、バイトに出ただけだ。
熱なんて、なかった。ただ、うなされただけだろう、とそれを答えにして。

そして、自分がベッドに寝てることに気づいた。

「俺、ベッド…」
「いいよ、使えよ。俺が風呂から上がったら、携帯開いたまま顔に乗せて爆睡してたからな、携帯がお札か何かみたいだったぞ、お前…ふふっ、相当寝不足だったんだろ?」

くすくすと思い出して笑う石川さんはひどく優しい笑顔で。
視界の端で探した携帯は枕もとで充電されていた。

あぁ、すごく泣きたい。


「――――っ、いしかわさ、ん、好きです…。好きです、俺…石川さんがホント好きで…」

石川さんは何も答えない。

答えはなくとも、うん、って背中を撫でてくれた。
否定されないだけでも、幸せなんだ。

そうだ、受け止めて、答えてほしいわけじゃない。
一方的なこの思いが抑えられないだけなんだ。
ただ、聞いてほしい。
こんなにもあなたを思っている奴がいるって知ってくれれば。

男同士で、考えもしないようなことだろう。
けれど、俺は石川さんしか見えていないから。
罵られても、嫌われても、気持ち悪がられても…仕方のないことなのに、石川さんは静かに受け止めてくれている。

どれだけ幸せなことか、どれだけ石川さんが大きな人なのか。

「――っ、すきなんです…どうしようもない、どうしていいかわからない」

なぜ、あなたなんだ。
あなたじゃなければ、こんな思い知らずにいたのに。
知りたくなかった。

でも、知れて、良かった。
人を好きになることで、こんなにも幸せな気持ちを知ることができた。
辛いことは、今までと大して変わらない。
種類が違うだろうけど、俺の中での辛いことは一つの枠しかないから。
辛いの種類も、複雑さも、よくわからない。

「…、石川さんっ」

どこか、ねじの一本でも外れたのかもしれない。感情が欠落したのかもしれない、言いすぎて嫌われるとか、恥ずかしいとか、そんな気持ちは切り離されていた。

石川さんはうなされるように告白する俺に、肩まで貸してくれた。
本当に、温かな夜だった。幸せな夜だった。



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