Aldebaran | ナノ
06
◇
「おいっ!」
石川さんの声が聞こえて、驚いて体が後ろに重心を持ってしりもちをついた。
「へっ?」
「そこ、よく見ろよ。陳列間違ってる…やり直せよな」
石川さんの指す先につられるように視線を持っていくと、石川さんが陳列した商品を取り出し始めた。少し苛立っているのだろうか、商品の扱いが雑だ。
「あ。あぁ…すいません」
「全く身ぃ入ってないな」
「そんなことないんだけど」
「今日は俺にアピールしてきてない」
「えっ」
「えっ?」
まさかそんな言葉を石川さんが吐くなんて思ってなかったから、思わず石川さんを見つめて、口調とは裏腹に優しく笑う石川さんの表情に気づかされる。
…あぁ、そうか。
「やっと見た。なんかムズカシー事でも考えてんのか?周り見てない、っていうか見えてない」
これまでずっと石川さんを見ながら仕事してたのに、今日は全然石川さんのことを見てなかった。意識が散漫としてる。
これは睡眠不足から来るやつだろうか。
「まぁ、俺のこと見る見ねえは冗談としても、仕事はしっかりしろよな」
「――…、すいません」
冗談にしないで、欲しいな。
「体調悪いならあがれよ。お前の代わり店長に言うし」
「あがりません。上がらない…。」
あんな事のせいで、あんな母親の昔の男がいたくらいで、こんな時間を犠牲にはしたくない。俺が犠牲になる必要なんてない、もう俺だって成長してる。
「おいっ」
「………、んっ」
蛍光灯の光で、石川さんの顔が影になって、一瞬表情が見えなかった。
けど、それはほんの一瞬。石川さんの機嫌の悪さが空気でも伝わる。
「あ。あ、俺寝て…?ごめんなさい休憩時間…」
「いや、いい。ホントお前帰れ」
時間を見てみると休憩時間が終わるところだった。
しかし混んでヘルプも出れずに寝ていたみたいだった。
「いやいや…」
「安立!」
強い声。太い声。
ピリッと身がしまるような、声。
恐怖なんか、感じない。
(―――、好き、だな)
恐怖なんて、何一つ感じない…、のは。
「体調悪いんだろ?帰れって。居てもメーワクになるわ」
ぼんやりと見つめてしまう。
石川さんが自分に声をかけてくれている。
恐怖を感じないのは、心配してくれている気持ちが少し伝わるから。
明確じゃなくても自分の体調を見てくれて、帰れと言ってくれる。
迷惑でも、俺にそうした方がいいのだと、言葉をくれている。
帰れ、…か。
時間を見ても、21時に届いてもいない。
無性に、泣きたくなった。
きっと寝不足だからだ、感情が、ふわふわとしてて、自分で固めきれていないから、強くいられない。
「俺は、……」
俺は、もう強い。
強いはずなんだ。
「大丈夫。今少し寝てスッキリしたし」
「くだらないミスされたらたまったもんじゃねーンだよ。大丈夫っつって、明らかに顔白いわお前」
そんな言葉も、本当なら号泣するくらい、うれしい、わけ。
「石川さんのところ、お邪魔させてください」
「――…また馬鹿言ってんのか?」
「こんな時間に帰れないから…。石川さんもう少しで終わりでしょ?昨日も一緒に帰ってくれなかったし、今日こそお邪魔させてください。静かにしてます。一時間、寝かせてくれれ…」
「今はツレが家に来てるから無理なのっ。そんだけ言えるなら帰宅は大丈夫だろ?自分でタイミング見て帰れよ」
「あぁ、…すいません。後、お願いします」
自分の中に、自分の知らないものが、力が、熱があるんだな、って思う。
日頃はうんともすんとも言わないのに、こういった時だけ暴れだす。
叶わない思いを、羨望を、抑えきれなくなる。
昨日のは連れで、きっと、そのまま、石川さんの家に泊まって、その人は今日も石川さんの家に泊まるんだろうか。
…泊まるんだろう。
だから俺を連れて帰るわけにはいかない。俺を家に上げるわけにはいかない。そいつはもう帰ってるかもしれないじゃないか、それとも石川さんの家に当たり前のように居座っているわけ?いいなぁ、友達って。
そやっていざってときに家に居れるんだ。どうすればその位置に置いてもらえるだろう。俺の目指すところはもっと先なのに。もっともっと先にあって、友達なんて位置じゃ収まりきれないのに、その連れの位置にも及ばない俺ってどうしたら、
口には出せない言葉の数々をゆっくりと飲み込んだ。
飲み込んだ、喉が、胸が、痛い。
「…家帰れないのか?俺んちばっかり頼るんじゃなくて、友達のとことか寄せてもらえよ」
「―――帰ります。…すいません。明日には復活してるんで店長に伝えといてくださいね。すいません、ほんと」
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