Aldebaran | ナノ



06









「おいっ!」

石川さんの声が聞こえて、驚いて体が後ろに重心を持ってしりもちをついた。

「へっ?」
「そこ、よく見ろよ。陳列間違ってる…やり直せよな」

石川さんの指す先につられるように視線を持っていくと、石川さんが陳列した商品を取り出し始めた。少し苛立っているのだろうか、商品の扱いが雑だ。

「あ。あぁ…すいません」
「全く身ぃ入ってないな」
「そんなことないんだけど」
「今日は俺にアピールしてきてない」

「えっ」
「えっ?」

まさかそんな言葉を石川さんが吐くなんて思ってなかったから、思わず石川さんを見つめて、口調とは裏腹に優しく笑う石川さんの表情に気づかされる。

…あぁ、そうか。

「やっと見た。なんかムズカシー事でも考えてんのか?周り見てない、っていうか見えてない」

これまでずっと石川さんを見ながら仕事してたのに、今日は全然石川さんのことを見てなかった。意識が散漫としてる。
これは睡眠不足から来るやつだろうか。

「まぁ、俺のこと見る見ねえは冗談としても、仕事はしっかりしろよな」
「――…、すいません」

冗談にしないで、欲しいな。

「体調悪いならあがれよ。お前の代わり店長に言うし」
「あがりません。上がらない…。」

あんな事のせいで、あんな母親の昔の男がいたくらいで、こんな時間を犠牲にはしたくない。俺が犠牲になる必要なんてない、もう俺だって成長してる。





「おいっ」
「………、んっ」

蛍光灯の光で、石川さんの顔が影になって、一瞬表情が見えなかった。
けど、それはほんの一瞬。石川さんの機嫌の悪さが空気でも伝わる。

「あ。あ、俺寝て…?ごめんなさい休憩時間…」
「いや、いい。ホントお前帰れ」

時間を見てみると休憩時間が終わるところだった。
しかし混んでヘルプも出れずに寝ていたみたいだった。

「いやいや…」

「安立!」


強い声。太い声。
ピリッと身がしまるような、声。
恐怖なんか、感じない。



(―――、好き、だな)


恐怖なんて、何一つ感じない…、のは。


「体調悪いんだろ?帰れって。居てもメーワクになるわ」


ぼんやりと見つめてしまう。
石川さんが自分に声をかけてくれている。
恐怖を感じないのは、心配してくれている気持ちが少し伝わるから。
明確じゃなくても自分の体調を見てくれて、帰れと言ってくれる。
迷惑でも、俺にそうした方がいいのだと、言葉をくれている。

帰れ、…か。

時間を見ても、21時に届いてもいない。
無性に、泣きたくなった。
きっと寝不足だからだ、感情が、ふわふわとしてて、自分で固めきれていないから、強くいられない。

「俺は、……」

俺は、もう強い。
強いはずなんだ。

「大丈夫。今少し寝てスッキリしたし」
「くだらないミスされたらたまったもんじゃねーンだよ。大丈夫っつって、明らかに顔白いわお前」

そんな言葉も、本当なら号泣するくらい、うれしい、わけ。

「石川さんのところ、お邪魔させてください」
「――…また馬鹿言ってんのか?」
「こんな時間に帰れないから…。石川さんもう少しで終わりでしょ?昨日も一緒に帰ってくれなかったし、今日こそお邪魔させてください。静かにしてます。一時間、寝かせてくれれ…」
「今はツレが家に来てるから無理なのっ。そんだけ言えるなら帰宅は大丈夫だろ?自分でタイミング見て帰れよ」

「あぁ、…すいません。後、お願いします」

自分の中に、自分の知らないものが、力が、熱があるんだな、って思う。
日頃はうんともすんとも言わないのに、こういった時だけ暴れだす。
叶わない思いを、羨望を、抑えきれなくなる。

昨日のは連れで、きっと、そのまま、石川さんの家に泊まって、その人は今日も石川さんの家に泊まるんだろうか。
…泊まるんだろう。
だから俺を連れて帰るわけにはいかない。俺を家に上げるわけにはいかない。そいつはもう帰ってるかもしれないじゃないか、それとも石川さんの家に当たり前のように居座っているわけ?いいなぁ、友達って。
そやっていざってときに家に居れるんだ。どうすればその位置に置いてもらえるだろう。俺の目指すところはもっと先なのに。もっともっと先にあって、友達なんて位置じゃ収まりきれないのに、その連れの位置にも及ばない俺ってどうしたら、

口には出せない言葉の数々をゆっくりと飲み込んだ。
飲み込んだ、喉が、胸が、痛い。

「…家帰れないのか?俺んちばっかり頼るんじゃなくて、友達のとことか寄せてもらえよ」

「―――帰ります。…すいません。明日には復活してるんで店長に伝えといてくださいね。すいません、ほんと」






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