Aldebaran | ナノ



05






確認はしていないけど時間はそんなにも経っていなかっただろう。
先ほど出て行ったばかりの石川さんが戻ってきた。
自転車に乗る石川さんの姿に携帯を握りしめた。
もちろん写真を撮りたいという衝動に駆られた為だった。

ほんの少し険しい顔をした石川さんの後ろに、ピンクのシャツを着た奴が乗ってた。
あぁ、友達というやつか。
友達というやつが自転車の後ろに乗れるという事は、やはりバイトだけでは石川さんの友達という位置にはたどり着けないのだ、と感じた。
当たり前だろうが俺の知らない奴だった。
石川さんから友達の話を聞いたこともないし、石川さんに会いに誰かが店にやって来たこともない。
俺は石川さんとそのピンクのシャツの奴が近くに居るところを見たことはない。
しかしまぎれもなく友達なのだ。
こんな時間に、俺が断られた石川さんの家に入っていくのだから。
もしかしたら親戚か何かかもしれない、と思いながらも…。
ひょっとしたら、と思いながらも…。

俺の住んでいる世界は石川さんとは別のところにあるのだと改めて知った。
知ってたけど…、……改めて。

その世界が交わることはなくていいと思っていた。
交わるわけはないと思っていた。
同じ時間を過ごしているようでも、石川さんの世界はとても輝いているんだろう。

昔…ずいぶん昔に、同じような気持ちを味わったことがある。
それは小学生の頃だったか、中学生の頃だったか。
もうすっかり自分は離れたところに居るから感じることもしなかったけれど。
久々に味わうそれはひどく重たいものだった。

どんなにそれが俺に重たい気持ちをもたらせようとも、自分がどうすれば石川さんと同じ世界に行けるのかわからない。
だから、俺はこれからもこの世界で過ごすしかないんだ。
開いていた携帯はそのままポケットに入れた。
帰宅した石川さんのシャッターチャンスをうかがってたが、再び見たときにこんな気持ちを引きずり出されてしまったら、いい写真と思えるわけがないのだしやめた。

一つ、溜息をついて気持ちを切り替えた。
いつものように、時間をつぶしながら家に帰ろう。
明日また、石川さんとシフトがかぶっているのだから、何か会話できることを楽しみにしよう。
自分が触れられたくないように、相手のプライベートも大切なんだから。







扉を開けて、そこにあった靴に鳥肌が立った。
息が上がるような、胸が詰まるような、苦しさが―――
腕に付けた、自分で買い替えた黒い腕時計を見て時刻を確認する。
ちゃん、と、時刻は1時を、回っている、

どうする、どうする、また外に出れば
いや、いっそのこと静かに自分の部屋に入ってしまえば
靴は――置いてたって、いや、持って、
持って部屋に入ろう
些細なことがきっかけになる
あぁ、ついてない、ついてない

早く部屋にはいってしまわないと

「―――、―――」

自分の家なのに異空間のように感じる。
久々の感情についていけていなかった。
奥から、リビングからなのか、その隣の和室なのか。
かすかな物音だけでは場所はわからなかったけど、玄関から伸びる廊下の先、扉の向こうには母親だけではない
男の、声。
もう一度時刻を確認して、静かに、息を止めて自室に入るとすぐに鍵をかけて、隙間に挟まれていた紙袋を取り出しその上に持ち込んだ靴を置いた。
扉から一番離れた場所であるベットの隅で、膝を抱えた。
窓をそっと開けて顔だけ出して外の空気を吸い込んだ。

なんてことはない。なにもされない。だれかもわからない。
だいじょうぶだ。なにもおこらない。

リビングの扉の後、声が近くなるのに比例して、自分の息をひそめた。
自然と自室の扉のノブに目が行った。
それが静かに動くと同時に汗が噴き出す。
直感があったのか。想像していた音が鳴る。
ガチャガチャとドアノブが音を出す。

「ちょっと…」
「久々なんだしちょっと顔合わせるくらい良いだろ」

静かな、久々に聞く母親の声と
どこか懐かしい男の声

ずぶずぶと、足元から黒い黒い、ものが、浸食していく。
揺れる体は錯覚だろうか。
ガチャガチャと、子供が遊ぶように音を鳴らしたドアノブが静かになったことに気付いたのはそこそこ時間が経ってからだった。

自分の知ってる、男の声だった。
母親が過去に関係を持っていた男の声だった。
もう二度と聞くことはないと思っていた。
唯一、優しくない男だった。
声を聴くだけで、数分の記憶が飛ぶくらいには、自分が苦手とする男の声だった。

なぜ、なぜ再びここに居るのか。
再度母親とそういう関係だという事か。

風呂に入ることも、寝ることも、忘れて、翌日になった。







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