Aldebaran | ナノ



04


「石川さん、今日また部屋に寄らせてくださいよぉ」

急なシフト変更に対応したため、石川さんと一緒の時間に上がることになった日、俺はまた石川さんにお願いしてみる。
もちろんダメ元だ。断られることを前提で。
でも少しでもチャンスがあれば良いな、と口にした。

石川さんの眉間に皺が寄る。

―――駄目か。

「何言ってんの。ダメダメ、また今度な」

石川さんは優しいからきつい言い方はしてこないのは知ってる。
だから…もう一度、一緒に帰る事から申し出てみよう…。
そうやって石川攻略法、なんてものを考えてるだけで一日楽しく過ごしてる。
学校なんてつまらないところだし、俺はこのバイトだけでいいんじゃないかと、バイト中心、いや、石川さん中心で日々が回ればそれでいいって考えてる。

上がるタイミングが遅れた石川さんを、ゆっくりとした動きで着替えながら待った。
もちろん、一緒に帰るお誘いをするためだ。
石川さんに断られたって、どっちにしたって俺は時間的にも急ぐ必要はない。まだ10時前だ。

「おつかれ〜」
「お疲れ様でーす」

上着を脱ぎながら、石川さんはさくっと帰り支度を済ませていく。

店に入っていれば会話はあるのだけど、こういう時に何を話せばいいか、自分の引出しには持ち合わせていな事が悔しく感じる。
石川さんはそんな俺のことを気にするわけでもなく。
出ていく石川さんに合わせて自分も外に向かった。


「石川さんっ」

少し先を歩く石川さんの後ろに付いた。
広い背中に飛びつきたいな、とか、飛びついたらどんな反応をするんだろう、とか、熱はどれくらい感じれるだろうか、とか、そんなことを考える。
きっと気持ち良いだろうな。体が感じる心地良さだけではなくて気持ちの面でも。

「なんだよっ、今日はダメだって言ったろ。遅くに家に上げると気を使うんだ、親に」
「うん、わかってるけど」

それでも俺はついていく。

「安立」
「途中まで、良いですか。途中まで一緒に帰ってくれません?邪魔しませんし、俺も寄るとこあるし、そこまで…」

石川さんと一緒に帰りたいなんて言えなかった。
これはちょっと俺が邪魔な存在になってるかもしれない、なんて不安がよぎる。
名前なんて滅多に呼ばれないし。だからこそ、注意が込められてるのかも。

俺と石川さんに会話らしい会話はなかった。
石川さんはいつも歩いてバイトにやってくる。俺も徒歩で通っている。石川さんが自転車だったらあっという間に見えなくなってただろう。
俺は微妙な距離を保ちながら歩いていた。
拒絶されなければいい、気を使われない距離、俺の存在を感じられない距離でいい。
そんな距離の測り方はしみついていた。
石川さんがそう望んでいる気がして、俺はそれから一言も声を出さなかった。

石川さんの写真が撮りたい、とぼんやり街灯の光に照らされる背中を見つめた。

石川さんの家が近づくと、俺の歩くスピードは遅くなっていった。気が付けば石川さんとの距離はかなりあって、一緒に帰ってるといえるものではなかったけど、それでも構わない。日頃からストーカーに近い俺だし。
石川さんは道中、一度も振り向かなかった。

数十メートル離れた先、石川さんの足が止まり、思わず道の陰に体を隠してしまった。
別に俺を気にして足を止めた訳じゃないだろうけど…。
石川さんは携帯を手にすると何か話をしはじめていた。
俺は石川さんの番号もアドレスも知ってるのに、石川さんに連絡したことなんか一度もなかった。連絡する必要もなかった。
口下手だから、何を話していいかなんてわからなかったし。
仕事のシフトも、暇な俺から石川さんに何か連絡するようなこともなく、いつも店長が間に居て調整されるくらいしかない。

石川さんの、電話を通した声を聴いてみたいと思った。
バイト仲間以上の友達なら、その権利は俺にもあったのかもしれない。

携帯をしまうと石川さんの歩みが早まった。
角を曲がったところで石川さんの姿は見えなくなったが、目前に自宅が見えているし、石川さんはとっくに入ってしまったのだろう。

一回くらい、振り向いてほしいなんて、今更ながらに願ってしまう。

斜め向かいの辺り、電柱の陰から石川さんの家を見つめた。
これはストーカー行為だ。過剰でなくても石川さんが不快に思えばこれは罪だろう。

最後のあいさつくらいはしたかったと。
湧いた考えにまんまと胸が締め付けられて苦笑いした。
自分で自分がかわいそうだなんて思いたくない。
ずっと、そう思ってきたことだ。

これくらい―――なんだというんだ。





カシャン、と言う音に思わず身をすくめた。

(石川さん―――)


慌てるように飛び出してきた石川さんは自転車に跨りあっという間に家の前から姿を消した。
誰かに呼ばれたのだろうか。
その誰かは簡単に石川さんを呼ぶことができるのだろう。

いや、呼ばれたかなんて、わからない。
ただの用事かもしれない、ただの散歩かもしれない。
(あんなに慌てて?)






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