Aldebaran | ナノ



03





駅から離れてて、交通の便が悪くて、築年数もそこそこで、エレベーターもなくて。

小学校に上がる前に此処、茶色いレンガ造りの五階建てマンションに引っ越してきた。

父親の記憶が全く無いわけではなかったけど、今になってみればどれが本当の父親だったのか定かでない。
“おとうさんだよ”といわれた父親役の人は時間と共に代わる代わる現れたのだから、子供ながらにそれがおかしなことにも気づいていた。



携帯の時刻が一時を回ってることをしっかり確認して自分の家がある四階に上がった。
そっと扉を開けて、玄関に置かれているものを確認する。
乱雑に置かれたハイヒールが数足。その中に男物がなかったから、今日は洗濯できそうだと考えた。
夜のうちにやるか、朝一番でやるか、なんて頭を巡ったのはは一瞬だった。
洗濯するのはやめて、明日の早朝にしてしまおう。
すぐにでもベッドの中で自分が撮りためた石川さんの写真と新たに仲間入りした石川さんの部屋の写真を眺めて寝ることにしようと思った。
出てくるときに玄関の写真もしっかりと撮った。

これから布団の中で何度もシミュレーションするんだ。
玄関から進んで、石川さんの部屋に入って二人で仲良くDVDなんか観賞したりして。
あの石川さんの母親だから、石川さんの遊びには関せずの放任主義だけど、来客となるとお茶とかはだしてくれそうだ。
その時、ちゃんとあいさつしなきゃな。
付き合ってるわけでもないから、なんていえばいいか…俺の一方的な思いも親の前では黙っておくのが一般的、なはず。
だから、そうだ、無難に友達って…。

友達、と浮かんだ言葉にふわっと心が温かくなる。
家に入れてもらった幸せは、仲良くないと家に上げないと暗に言っていた石川さんの言葉を考えれば、ただのバイト仲間よりも少し近づいたようだ。

ふふ、っと幸せな気持ちでバスルームに向かった。
扉を開いて、まだ湿気を帯びているバスルームに、少し気持ちを落とした。
今日は男がいないと思っていたけど、どうやらつい先ほどまで居て、ここを使ったようだ。証拠などはない、けれどどうしてもそういった方向にしか頭は回らない。
溜まったままの浴槽は栓を抜いて、一度外に出てそっと掃除道具を取り出して浴槽を洗った。別に今から自分が浴槽を使うわけじゃないけど。
それから無心でシャワーを浴びた。

浴室の鏡に映る自分の姿は陰気だ。
根元が黒くなった茶色い髪は目元を隠すほど伸びていて、男なのに細い体もと目元には隈がある。
何も良い印象を与えない。
石川さんのように健康的で、いい肉付きで、身長もあればと。
自分を見つめれば見つめるほど石川さんに惹かれていくのだ。

さっぱりした体でリビングに向かうでもなく、母親の姿を見るでもなく、玄関を入ってすぐ、バスルームの向かいにある四畳半の自室に入る。
入ってすぐに鍵を掛けた。

始まりは小学生のころだった。
姿を見せればお小遣いをくれる男性だった。優しかったと思う。
しばらくして、その人からのお金を受け取ると母親からしばらく外で遊んでるようにと言われた。お金も自由に使ってもいいからと。
ある雨の日、遊んでくれる友達もいなくてお金の使い道もなくて、家に帰ったらお母さんが男の人と裸で抱き合っていた。
次会う時にはお金と一緒に時計もプレゼントしてくれた。
それから俺には帰ってくる時間が指定されるようになった。
中学生にもなると時間のつぶし方もうまくなったし、少しは空気を読めるようになった。いつからか俺の帰宅時間は深夜一時となってしまった。
それより早く帰ると自室に鍵が掛かるのにも関わらず居心地が悪く、男性が変わっても、男性が途切れても、男性が来る来ない関係なく深夜一時に帰宅する習慣になった。

自分の母親が特別美人だとは思っていなかった。
けど、同年代の女性と比べれは断然若く見えた。ただそれだけだ。
母親の仕事はよく知らない。
服装は夜だと派手だが、昼間は清楚だ。
夜の仕事と昼の仕事があるのか、夜の仕事が何なのか、昼の仕事が何なのか。
ちゃんと働いているのか、それとも男に食わせてもらっているのか俺は何も知らなかった。
学校には行かせてもらえている事は感謝している。

いつの間にか自分で生活することも覚えた。
食事の時間なんてこの家には決まってなかったし、母親が自分に何かを与えることなんて久しくなかった為、空腹を満たすために働くこと。
邪魔にならないため(邪険にされることはいろいろ厄介なんだ。これも経験から学んだ)男性がいない時に洗濯を済ませること。
干すのはもちろん自分の部屋だ。
幸い大きな窓が西向きにあるので光も風も入るし、友達がいない俺は部屋に誰かが来ることもなかったから困ることはない。
お小遣いはいまだにもらえる。玄関にさりげなく置かれるのだ。
母親とはここ数年、言葉は発しても会話はないし、顔を見ないことも多い。


折り畳みのベッドが体重を受けてギシッと鳴いた。
部屋を真っ暗にして、カーテンを全開にして、窓を開けると今日の澄んだ夜空を見ることができた。

「石川さん…」

緩む頬をそのままに目を閉じる。
うっすら開いて夜空を見上げてはまた閉じて今日のことを思い出す。
携帯のフォルダを開いて石川さんの写真を見て、それから部屋の写真も眺めて。そしてまた目を閉じて。
石川さんも部屋からこの同じ夜空を見てくれてないだろうか。
カレンダーの貼られたブラインドは開けられないだろうから、もう一つの方。

俺の隣を歩いてくれた。
あれが街中だと勝手な妄想を続けた。
お昼ご飯も一緒に食べるんだ。ファミレスなんかに入って、石川さんはいっぱい食べそうだから一品じゃ足りないかもしれない。
買い物だってしよう。俺が選んだ何かを石川さんが買って帰るとか…そんなのだったらたまらなく嬉しい。

石川さんに彼女が居るのかとか、そんな肝心なことは聞いていない。
居ても居なくても…どちらでもいい。
考えない。考えないようにする。
もしも彼女の存在を知ってしまったら、醜く嫉妬してしまうだろう。
そんな資格もないのに。

石川さんと幸せな時間を過ごすことを考えるだけでこんなにも暖かい。それでいいと思う。





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