あめのひ

「あらやだ、降りそう」
 ベンサムはどんよりと沈んだ空模様をみて、少し億劫そうにそう言った。
 買い物をして、昼食を外食して、店の外へ出てやっと、天気が崩れ始めていることに僕たちは気がついた。昼食を摂りながら「帰りに本屋にでも寄りましょうか」と話していた件はどうも後日にしたほうがよさそうだ。
 今朝まで晴れていたのに。天気とはなんとも不思議な物だと感じながらも、僕は鞄の中に傘がなかっただろうかと物色する。残念ながら傘はない。彼も「傘持ってきてないわ」と言っているから、今から僕たちはびしょ濡れになりながら帰らなければいけないのだと思うと、少しだけ陰鬱な気分にさせられる。なにより、ベンサムを雨に濡らすのがいやだ。
「僕が走って傘を買ってきましょうか」
「いいわよ、ちょっと濡れるぐらいどうってことないわ」
 うちにそんな無駄遣いしてるお金ないでしょ、と彼は僕を見て言い聞かせるように言った。
 そんなやりとりをしている合間に、雨はぽつぽつと降り始め、途端に土砂降りへと変わり、僕たちは店のサンシェードの下に取り残されることになってしまった。
 人々は天気が崩れることを知っていたのか、周りを見渡しても慌てて屋根の下に入る人間は見当たらない。
「二人きりみたいですね」
「ロマンチックなこと言ってくれるじゃないの、好きよ、そういうの」
 他愛もない話をしながら、僕たちは雨が上がるのを待つことにした。ふと、彼が肌寒そうに腕をさすっているのを見つけたので、僕は慌てて上着を脱ぎ、肩にかけた。
「気がつかずすみません」
「あなたは寒くないの?」
「僕はそこまで」
「ふうん」
 ベンサムは機嫌の良さそうな声色でそういうと、長い腕を僕の腕にするりと絡ませて「少しはあったかいかしら」と言った。嬉しさと照れ臭さで固まっている僕に、彼は「誰もみてないわよ」と付け加えるように言った。
「……ちょっとあついです」
「離れる?」
「いいえ、このままで」
 濡れた石畳の香りや、サンシェードを叩く雨の音だけが世界に思えるような静けさと、雨雲で覆われた柔らかな太陽の光が心地いい。
 それから僕たちは二人とも喋らず、雨上がりを待った。

あめのひ//2020.8.30

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