光を。

ここでいう彼女は所謂、僕の彼女と言う意味です。
その彼女はロケットを作る人でした。
なによりも速いロケットを、光よりも早いロケットを求める人でした。
宇宙旅行が一般的な娯楽となった今。
様々なロケットが各所で開発されています。
いずれ月へ日帰りで行けるようになるでしょう。
人類が宇宙の果てをその目にする日もきっと訪れるでしょう。
宇宙と人類が有史以来、最も近い関係を築こうとしていております。
だけれど、いまだ、光速を超えるロケットはどこの機関も開発に成功してはいません。
そんな大事業に彼女はほとんど一人(実際には彼女と、科学の知識のない僕と)で取り組んでいました。
狭量の狭い事ではあるのですが、なんだかたまに彼女は僕よりもずっとずっと宇宙を愛しているような気がして妬けてしまいます。

「君は一メートルがどういう距離か知っているかい」
彼女は一拍遅れて、そう僕に尋ねてきました。
彼女一流の少年めいた喋り方は耳になじんで随分と久しいものです。
「一メートル、ですか」
僕はそんな問いを向けられ、思わず戸惑いました。まさか自分の問いから返って来たものがそんな突拍子もないものだなんて想像だにしていなかったのです。僕の問いはこのようなものでした。
――どうして光よりも早いロケットを作ろうと思ったのですか。

僕はわずかに考えた後、「このくらいじゃないですか」と両腕でなんとなく一メートルらしき空間を切り取った。僕のためらいがちな答えに、彼女は思わずと言った風に笑みを漏らした。
「笑いましたね」
「いや、失礼。あまりにもかわいらしかったものだから。
ああ、一メートルとは真空条件で光が一秒の二億九千九百七千九万二千四百五十八分の一時間に進む距離のことさ」
「におく……」
暗記しているのでしょう。事もなげに彼女は莫大な数字を口にしました。
けれど、まさかそんな途方もない数字が帰ってくるとは思っていなかった僕は思わず虚をつかれてしまいました。目を白黒させあからさまに混乱する、彼女は再び微笑みました。
「途方もないだろう? わたしもそう思うよ。だから、昔、光に訊いたことがある。
一秒で光は地球を七周分も進むというけれど、そんなに奔ってどこにいくのかい、と。お前がそこまで急いで向かう宇宙の果てにはどんな素晴らしいものがあるのかい、と」
「それで、答えはなんだったんです」
彼女の言葉はどんなにか突拍子が無いにも関わらず、自然と惹きつけられるものでした。僕が今この瞬間目にしている光が、どこかへ真っ直ぐ素直にひた進むあの光が、どこへ向かっているのかなんてついぞ考えたことのないことだったです。彼女は世界の真理にとらわれたのだ、と突然そんな考えが僕の頭で閃きました。
「返事をもらう前に、わたしの問いを受けた光は去ってしまったよ」
一秒間に地球七周もの距離を進む光は、故に彼女の問いに答えるには随分と遠いところへ行ってしまっていたそうです。
かの光は答えてくれたのかもしれない。だけれど、その声は聞こえやしなかった。
彼女はどこか淋しそうに笑いました。彼女はきっと、光の答えを得られなかった、得そこなったその時から、ずうっと光を追い求めているのでしょう。僕はきゅうっと胸が締め付けられるのを感じました。
「光を超える乗り物を作れば、わたしはその問いを答えを見つけられるかもしれないと思ったのさ。もしかしたら、あの光に追いつけるかもしれない」
そう思ったんだ。
「じゃあ、あなたは依然得られなかった答えを得るためにロケットを作っているのですか」
僕が問えば、彼女は大きく首肯しました。
「笑わないかい?」
「いいえ。あなたらしいなとは思います。
でも、そしたら、もっと大きな研究機関に務めればじゃないですか。こんな、設備もろくにない研究所とも言えない場所にいるよりはずっとデータもあるし、研究員だって、僕よりずっと有能な人がいるはず」
正直、ずっと不思議だったのです。僕は科学の知識はおろか、理科の常識も危ういずぶの素人もいいところの人間なのに、光速を超えるロケット開発の手伝いをしているのは。
彼女は僕が見ても有能だとわかる人で。天才と言うべき人で。ずっとずっと、足手まといになっているという虞が僕を苛んでいました。あんな話を聞いた今はさらに。
冬に輝くシリウスよりもなお清い彼女の望みを僕のために砕けさすわけにはいかないと確りと思ったのです。
「そんなことはないよ、わたしは君に随分と助けられている。
それに、……君は笑わなかっただろう?」
いつもはきはきとしゃべる彼女らしからぬ歯切れの悪さに、僕はきょとんと首を傾げました。
「その、以前はちゃんとした研究所にいたのだが、今の話をするとな、みんな笑うのだよ。人のかねてからの願いを笑うなんてひどいとは思わないか」
彼女は当時を思い出したのか、唇を尖らせたふくれっ面になりました。
「それだけですか、なんておばかさんなんですか」
「それだけってひどいこと言うわ。ばかでもなんでも、わたしには大変事だったの」
「それだけでこんな辺鄙なところにやってきたんですか」
「いいじゃないか。それに、どうせあの研究所じゃ多分だめだった」
彼女はふい、と僕から視線を逸らし、どこか遠く、光の行く末を追うように目を細めました。
「どうしてです?」
当然のように尋ねた僕に、彼女は緩く笑んで、
「ひみつ」
と、僕の頭を軽く撫でた。

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[2014.0110]




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