映画みたいな恋したい | ナノ

6 勘違い

カウンターから少し離れた場所にミナコをエスコートしたアランは、マスターに合図した。

するとマスターは頷き、何かを作り出した。


アランはそれを確認すると、ミナコに向かって微笑んできた。

「ミナコ、どうしてあの日、君はあそこにいたの?」

「あそこ、って…どこですか?」

わからない、という顔をするミナコに、アランは言った。

「私の部屋の前に、何故居たんだい、ってことさ」

へ?という顔をするミナコ。
頬を赤くしたまま、混乱する頭で一生懸命に考える。


(え、と確かあの日は凄く酔っ払っていたんだけど……)


「え、っと…私、自分の部屋に帰ろうとしたんだと思います。実は凄く酔っていて、あまり憶えていないんですけど…」

アランは驚いた。


(未成年だと思っていたが、この子は成人していたのか!ああ、だからふらついていたんだな……)

「君の部屋の番号は?」

アランが聞いてくる。

「えと、1156号室です…」

それを聞いたアランはぷっと笑い出した。
ほえ?という顔をするミナコ。するとアランは笑いながら言ってきた。

「私の部屋は1056号室だよ?ミナコ…」

アランのその言葉に目を見開くミナコ。

「ということは私――」

「「一階間違えた」」

『やだ〜恥ずかしいッ!!』

瞳を潤ませて恥じらうミナコを、おかしそうに見つめるアラン。
ミナコは恥ずかしくて、アランの顔を見られなかった。異国で間違えるなど、通常では考えられないことだった。緊張していたはずなのに、アルコールがミナコを狂わせたのだろう。

ミナコは辺りを見回した。以前来た時よりも、今日は客の入りがまばらだった。

「ん?どうかしたかい?」

「あ、あの…私が、アランさんにご迷惑をかけた原因が、ここで飲んだカクテルだったから…」

それを聞いたアランはおや、と片眉を上げた。そんな仕草にますます胸をときめかせミナコる。

(あ〜恰好良いよぉ……)

自分の何でもない仕草が、若い娘の胸を、これでもかとときめかせていることに、一切気が付かないアラン。

「それって何の――」

カクテル、と言おうとした言葉を遮るように、給仕がグラスを持ってきた。
トロリとした、濃厚そうな色のそれは――。

「Velvet Trap………」

ミナコの呟き声に、アランさんは微笑むと言った。

「そう、良く知ってるね?このカクテルはね、あそこにいるバーテンのジムが、私を想像して作ってくれたカクテルなんだよ。世界でここでしか、飲めないんだ……」

美味しいけどキツいんだよ、御嬢さん向きではないな、と言いながら、アランは静かにそのカクテルを飲んだ。

ミナコは驚いてしまった。


だって、友人と話していた事が、ホントのことだってわかったから。
そう、このカクテルはまるでアランさんみたいだって。
見た目はそうでもないけど、飲んでみたら強烈。濃厚で、ピリッとした香りが、後味のように残る。


名前だってふさわしい。ベルベットの罠――――。


「う〜んやっぱり美味しいな……」

満足げなアランをじっと見つめていたはミナコ、思い切って言った。

「……それなんです」

「え?」

今度は、アランの方が訳が分からないという顔をした。
ミナコは頬を染め、恥じらいながらアランに言う。たどたどしい言葉で。

「私があの時飲んだカクテルって……それなんです。Velvet Trap…。
Mr,リックマンみたいねって、友人と話しながら。
濃厚で、キツイ味なんだけど…癖になる…。後味の香りが、もっと、欲しいと思わせる……」

「ミナコ、君―――」

アランの頬が少し赤い。それは、カクテルのせいか、それとも彼女の言葉のせいか……?

ミナコは恥ずかしそうに言ってきた。早口で。

「わ、私も飲もうかなっ!Mr,リックマンが飲んでいるのを見たら、私も飲みたくなっちゃった…」

ミナコはそう言うと、あっという間に給仕を呼び、カクテルを頼んでしまう。
アランは慌ててミナコに言った。


「君のような御嬢さんにはまだ早いんじゃないかな――」

するとミナコはクスクスと笑う。

「私、子供じゃないですよ?Mr,リックマン…。ちゃんと成人してますし、働いてます!それに……」

「それに?」

不思議顔のアランに、ミナコは言った。精一杯の勇気を出して。

「私がまたMs,おっちょこちょいになっても、Mr,リックマンが助けてくれるでしょ?」

その言葉を聞いたアランは、目尻にシワを寄せて笑う。そうして彼は、低く、甘い声で囁いた。

「私で酔ったのなら……介抱するのは私でいいのかな?」

「あなたでないと…嫌です……」

「ミナコ……」

「Mr,リックマン……」

「アランと呼んでくれ…」

「あ、アラン……」





完全に二人の世界が出来上がっていた。
やれやれ、という顔をしたバーテンは、給仕に合図をするとグラスを拭きだした。

(今日はもうクローズドだな………)

(H24,1,17)


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