カウンターから少し離れた場所にミナコをエスコートしたアランは、マスターに合図した。
するとマスターは頷き、何かを作り出した。
アランはそれを確認すると、ミナコに向かって微笑んできた。
「ミナコ、どうしてあの日、君はあそこにいたの?」
「あそこ、って…どこですか?」
わからない、という顔をするミナコに、アランは言った。
「私の部屋の前に、何故居たんだい、ってことさ」
へ?という顔をするミナコ。
頬を赤くしたまま、混乱する頭で一生懸命に考える。
(え、と確かあの日は凄く酔っ払っていたんだけど……)
「え、っと…私、自分の部屋に帰ろうとしたんだと思います。実は凄く酔っていて、あまり憶えていないんですけど…」
アランは驚いた。
(未成年だと思っていたが、この子は成人していたのか!ああ、だからふらついていたんだな……)
「君の部屋の番号は?」
アランが聞いてくる。
「えと、1156号室です…」
それを聞いたアランはぷっと笑い出した。
ほえ?という顔をするミナコ。するとアランは笑いながら言ってきた。
「私の部屋は1056号室だよ?ミナコ…」
アランのその言葉に目を見開くミナコ。
「ということは私――」
「「一階間違えた」」
『やだ〜恥ずかしいッ!!』
瞳を潤ませて恥じらうミナコを、おかしそうに見つめるアラン。
ミナコは恥ずかしくて、アランの顔を見られなかった。異国で間違えるなど、通常では考えられないことだった。緊張していたはずなのに、アルコールがミナコを狂わせたのだろう。
ミナコは辺りを見回した。以前来た時よりも、今日は客の入りがまばらだった。
「ん?どうかしたかい?」
「あ、あの…私が、アランさんにご迷惑をかけた原因が、ここで飲んだカクテルだったから…」
それを聞いたアランはおや、と片眉を上げた。そんな仕草にますます胸をときめかせミナコる。
(あ〜恰好良いよぉ……)
自分の何でもない仕草が、若い娘の胸を、これでもかとときめかせていることに、一切気が付かないアラン。
「それって何の――」
カクテル、と言おうとした言葉を遮るように、給仕がグラスを持ってきた。
トロリとした、濃厚そうな色のそれは――。
「Velvet Trap………」
ミナコの呟き声に、アランさんは微笑むと言った。
「そう、良く知ってるね?このカクテルはね、あそこにいるバーテンのジムが、私を想像して作ってくれたカクテルなんだよ。世界でここでしか、飲めないんだ……」
美味しいけどキツいんだよ、御嬢さん向きではないな、と言いながら、アランは静かにそのカクテルを飲んだ。
ミナコは驚いてしまった。
だって、友人と話していた事が、ホントのことだってわかったから。
そう、このカクテルはまるでアランさんみたいだって。
見た目はそうでもないけど、飲んでみたら強烈。濃厚で、ピリッとした香りが、後味のように残る。
名前だってふさわしい。ベルベットの罠――――。
「う〜んやっぱり美味しいな……」
満足げなアランをじっと見つめていたはミナコ、思い切って言った。
「……それなんです」
「え?」
今度は、アランの方が訳が分からないという顔をした。
ミナコは頬を染め、恥じらいながらアランに言う。たどたどしい言葉で。
「私があの時飲んだカクテルって……それなんです。Velvet Trap…。
Mr,リックマンみたいねって、友人と話しながら。
濃厚で、キツイ味なんだけど…癖になる…。後味の香りが、もっと、欲しいと思わせる……」
「ミナコ、君―――」
アランの頬が少し赤い。それは、カクテルのせいか、それとも彼女の言葉のせいか……?
ミナコは恥ずかしそうに言ってきた。早口で。
「わ、私も飲もうかなっ!Mr,リックマンが飲んでいるのを見たら、私も飲みたくなっちゃった…」
ミナコはそう言うと、あっという間に給仕を呼び、カクテルを頼んでしまう。
アランは慌ててミナコに言った。
「君のような御嬢さんにはまだ早いんじゃないかな――」
するとミナコはクスクスと笑う。
「私、子供じゃないですよ?Mr,リックマン…。ちゃんと成人してますし、働いてます!それに……」
「それに?」
不思議顔のアランに、ミナコは言った。精一杯の勇気を出して。
「私がまたMs,おっちょこちょいになっても、Mr,リックマンが助けてくれるでしょ?」
その言葉を聞いたアランは、目尻にシワを寄せて笑う。そうして彼は、低く、甘い声で囁いた。
「私で酔ったのなら……介抱するのは私でいいのかな?」
「あなたでないと…嫌です……」
「ミナコ……」
「Mr,リックマン……」
「アランと呼んでくれ…」
「あ、アラン……」
完全に二人の世界が出来上がっていた。
やれやれ、という顔をしたバーテンは、給仕に合図をするとグラスを拭きだした。
(今日はもうクローズドだな………)
(H24,1,17)
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