『ぬわんですってぇ〜〜〜!!それ、ホントなの!! 』
リサは信じられない!という顔をするとミナコに詰め寄った。
ミナコはジリジリと後ずさりながら答える。
『う、うん、ホント…みたい……』
『実感、無い訳?』
リサの言葉にミナコはうつむいた。
彼のあの、微笑み。
声は、とっても低くて甘い。
そうして、あの唇の感触は――――
『ち、ちょっとどーしたのミナコ!顔、真っ赤だよ?』
『なななんでもない〜!』
急いで否定しながら、ミナコはあの時のことを頭から追い出そうと必死になった。
あの、甘いひと時を―――。
*****
「だから、お嬢さんには早すぎると言ったろう?年寄りの忠告は聞くものだ」
アランは苦笑しながら、ミナコの身体を支えた。
ミナコはフラフラしながらも、楽しそうに笑っていた。
バーでのやり取りで、例のカクテルを飲んだミナコはすっかり酔っ払ってしまい、今アランは、部屋までミナコをエスコートしているのだった。
「年寄りって…アランはそんなんじゃないでしょ〜?」
バランスを崩しそうになるミナコを慌てて支えながら、アランは答える。
「私は十分な年寄りだよ?今だって…飲みすぎたのか眠くて堪らないよ…」
「舞台で疲れてるんですよね…お疲れ様です〜」
フフ、と笑いながらアランに抱きつくミナコ。素面でこんなことが出来るはずがない。
ミナコは完全に酔っ払っていた。また、である。
アランはそんなミナコに苦笑い。
「まったく…とんでもないお転婆娘だね、君は…。さ、君の部屋に着いたよ。ちゃんとパジャマに着替えて寝るんだよ?」
ほら、カードキーはここだ、とアランはミナコをしゃんと立たせると、部屋のキーをかざす。
「今日はカードを振らなくてもちゃんと部屋に入れるよ?ミナコ…」
クスクス笑いながら部屋のドアを開ける。ミナコは恥ずかしそうに笑うとアランに言った。
「お休みなさい…アラン」
「ああ、お休み、可愛いお転婆娘さん」
「あの…あのね?」
ミナコの瞳が潤んでいた。それを見たアランの胸はドキリとときめく。
(若い子を相手に、私は何を考えている…?)
胸のときめきを抑えながら、アランは余裕な表情を保つと言った。
「なんだい?ミナコ…」
「お休みのキス…してほしい、です……」
その言葉を聞いたアランの表情が固まった。
(今のは聞き間違いだろうか。キス、と聞こえたが…?)
「ミナコ、君は今すごく酔ってる……」
必死で平静を装いつつ、なんとか諦めさせようとするアラン。キスなんてとんでもない。それだけで自分を抑えられる自信が、彼にはなかったのだ。
ああ、それなのにミナコは言ってしまった。
「酔ってます…あなたに、すっごく酔ってます……」
そう言うとミナコはアランに寄りかかり、抱きついてきた。
ほのかに香る香水は、控え目な薔薇の香りで…アランは、その魅惑的な香りと相まって、若いミナコの魅力にクラクラする。
気になる女性を見つけて、居場所を突き止め、バーで待っていたはいいが、まさか初めて話した日の、しかもこんなに酔っている状態の彼女に、そんなことをしても良いものか…。
頭の中で善のアランと悪のアランが戦いを繰り広げる。
悪のアランが囁く。
((してくれと言うのだから、してやればいいじゃないか。その先に進めるならそれはそれで好都合。そうなりたかったんだからありがたく頂戴したらどうだい?))
善のアランが忠告する。
((やめた方がいい。もっとゆっくり、知り合っていかないと。身体が目当てだと思われかねないぞ?今は我慢だ我慢…))
「アラン…ダメ、ですか…?」
(だ、ダメってそんな可愛い顔で言わないでくれ…)
迷いに迷ったアランが取った行動は………、
ちゅっ
「………おでこ…」
私の気も知らないで…。そう考えながら、アランは苦笑する。
不服そうなミナコに向かって、アランは囁いた。
「この続きはまた今度……さ、紳士が狼になる前に、ベッドへ行きなさい」
ポンポンと頭をあやされて、ミナコはむーっとした顔をした後、アランに向かって――、
ちゅっ
「お休みなさい!」
「あ、ちょっと待って―――」
慌てて引き留めようとするアランを放置し、ミナコはドアを閉めてしまった。
後には廊下にぽつーんとたたずむ一人の紳士が残された。頬を押さえた状態で。
「まったく…どこまでおっちょこちょいなんだか…!」
(私の頬にキスをして、ドアをバタン、か…)
面白い子だと、アランは思った。
本当はあの後、連絡先を聞こうと思ったのに。
(酔っていたとはいえ…やっぱりあれは素なんだろうな。どうやら私は、とても面白い子を見つけてしまったようだ)
アランはクスクスと笑いながら、廊下を後にしたのだった――。
*****
『で、Mr,リックマンの連絡先は?』
リサに突っ込まれてミナコは一瞬で真っ赤な顔を真っ青にした。
『まさか聞いてないとか?あそこまで話し込んで、それはないでしょ!』
『あ…あははは……』
『……………はぁ、馬鹿ねぇ』
『ご、ごめんなさぃ……』
リサの心底呆れた顔に、小さくなるミナコ。
こんな奇跡、一生無いかもしれないのに…と言われながらチェックアウトをするミナコは、しおしおになっていた。
慌てて勇気を振り絞り、聞いていたアランが泊まっていた部屋へ行ってみたが、彼はもう居なかったのだった。
(あれって夢だったのかしら……)
ぼーっとしているミナコに、フロントマネージャーが封筒を渡してきた。
「Ms,おっちょこちょい…いえ、Ms,シマタニ、素敵な紳士からこちらを預かっております……」
おっちょこちょいと呼ばれたミナコは目を見開き、次に頬を真っ赤に染めると、封筒を受け取った。
(え?え?どういうこと…?)
頭が混乱してしまってうまく働いてくれない。
震える手で封筒を開ける。便箋に書かれていた文字、それは――
Dear Ms. Pert fellow
Let me tell your e-mail address. Waiting for a reply e-mail from you.
XXXXX0221@hotmail.co.uk
From Alan Rickman
(親愛なるMs,おっちょこちょいへ…私のメールアドレスを伝えておこう……君からのメールの返信を待っている……ってこれって!!)
『アランのメルアドだ!!きゃーうそぉ?!』
『なになに?どーしたのミナコ、落ち着いて…』
『むりぃ!!どどどどどうしようリサぁ!!やばい泣く…!!』
『笑うか叫ぶか泣くかどれかにしなさい!』
『うわぁん〜嬉しいよぉ〜〜〜!!』
便箋を握りしめながら、リサに抱きつくミナコ。
『あれっきりじゃないんだ!これからは、アランにラブ・メールを送っちゃうもんね〜〜!!』
『わかった…わかったから落ち着きなさいって…恥ずかしいから…ねっ?』
リサの言葉に、ミナコは笑いながら断言した。
『無理!!』
(H24,1,26)
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