映画みたいな恋したい | ナノ

3 違和感

翌日、ミナコは無事に退院することが出来た。
迎えに来てくれた友人と一緒に、病院を後にしたミナコは、その足でホテルへと向かった。

友人にお願いして、フロントマネージャーと話をするためである。入院していたとはいえ、ホテルはチェックインしたままだったのだ。
ホテル側としても、部屋を取っておいてくれたので、荷物はそのまま部屋に置いたままだった。


マネージャーに聞きたかったのは、救急車を呼んでくれた方が誰だったかということであった。なにしろミナコには記憶が一切なかった。

謝罪の言葉のあと、友人に翻訳してもらったところによると、年配の紳士だったとのこと。ミナコのことをとても心配してくれ、病院にまで付き添ってくれたらしい。名前については、ホテル側として教えられないとのことだった。


『私、その人にめちゃくちゃ迷惑かけちゃったんじゃ…』

『うーん…そうかもしんないけど、もうどうしようもなくない?そんなこと、今更言っても…。
それよりさ、今日!セミナーのチケット取れたよ!!予定が1日ずれちゃったけど…観にいこっ』

そう、元気のないミナコを心配した友人が、チケットを取っておいてくれたのだ。

『嘘!ごめんね〜…でも、凄く嬉しいッ!!』

『ふふ…もう気にしなさんなって!私もまだ観たことないから行きたかったんだよね〜』

丁度キャンセルがあって良かったね、と言うと、友人はヒラヒラとチケットを見せてくれた。

『ちゃんと…“セミナー”って書いてある……』

『当たり前じゃん』

苦笑する友人そっちのけで、チケットをガン見するミナコ。

『やれやれ…こりゃ、本物だね……』

『?何か言った?』

不思議そうなミナコに、友人は苦笑すると言った。

『な〜んでもない!じゃ、部屋に戻った戻った!愛しのアランさんに逢いに行くんでしょ?最高に美しく装っておいで〜…』

『もぉ〜……』

喫茶店で待ってるね、と言うと、ミナコは友人と別れたのだった。
ほんのりと赤い頬を押さえながら…。



*****


そして、夜。

ミナコが待ちに待っていた舞台、“セミナー”が始まった。
観客数としては、ほどほどに入る建物で、ミナコは驚いてしまう。もっと、大きなステージだと思っていたのだ。だが、実際は観客席と舞台のステージはかなり近いと感じた。

しかも、信じられないことに、ミナコの席は、ちょうど真ん中、正面に位置しており、前から三列目。まるで、演技する俳優さん達の息遣いまで聞こえてきそうなほど、近い距離だった。


『こんなに前の席だとは思わなかったね…でも、良かったじゃん?階段から落ちて……』

『もーそれ言わないで』

『はは…ごめ〜ん』


そんなことを話していると、舞台が始まった。
照明が暗くなり、音楽が流れだす。

しばらくすると俳優達がセットに出てくる。案の定、台詞が早い。
しかも、聞き取りずらい……。


(やっぱり、こんな子供レベルの英語力じゃ、解析不能みたい…。ぜんっぜんわかんない…)

舞台の最初の方から、ミナコは置いて行かれていた。
仕方なく、電子辞書を取り出しながら、聞き取れる単語を一生懸命調べるミナコ。


あまりに集中していたので、観客が突然騒ぎ出し、大喝采が起きるまで、彼女はそれに気が付かなかった。

『ミナコ…ミナコッ!!前!前見なさいッ!!』

友人に突っつかれたミナコは、ステージを見た。





そこには、彼が立っていた。



テレビやPC、雑誌でしか見たことのない、ミナコの長年の想い人――アラン・リックマンが。
前々日にトークイベントで見た時とはまた違う、演技をしている彼が。



アランが台詞を話そうとしているが、拍手にかき消され、全くもって台詞が聞こえない。
するとアランは苦笑すると、観客に向かって一礼した。
とたんに、黄色い声が上がる。黄色い声は、万国共通のようだった。



ミナコは、目をこれでもかと見開く。

この光景が信じられない。


アラン・リックマンが確かにそこに存在し、しゃべり、微笑み、動いている。
まさに今、自分の目の前で、生で演技をしている。


(凄い…本当に、本当にアランさんが演技してる……!!)


アランはセットの中を歩き回りながら、台詞を話していた。
彼の英語はイギリス英語なため、英語初心者のミナコにも、少しは理解できた。

あくまでも、少し、だが…。


長々しい台詞を、淀みなく話すアラン。レポートを持ちながら歩き回るアランは、さながら、先生のようだった。
歩き方一つが様になっている。


(か、かっこいい……)


内容を理解するという目的を忘れ、ただひたすら、アランだけを見つめるミナコ。

すると、アランの視線が観客に向いた。その時――。



アランの目が、見開かれる。



(わ、私を見てる……?!)


まさか、そんなことは有り得ないと否定するミナコ。


立ち止まり、まるで台詞を忘れたかのように立ちすくむ彼。



ミナコは、アランから目を離せない。

そして、アランもまた、ミナコから目を離せずにいた。



観客がざわめき出す………。





すると、魔法が解けたように、アランは苦笑すると台詞を再び話し出した。

まるで先ほどのことが嘘のように、舞台が進んでいく。


ミナコは、高鳴る胸に息苦しさを感じながら、ゆっくりと息を吐いた。

今のは一体―――?



『いまのあれって……?』

さすがに気が付いた友人が、ミナコを見つめてくる。

『ミナコ、あんた……私の知らない間に、彼と知り合ってた…とかってのは』

『無い無い!そんな訳、ないじゃない……』


友人に慌ててそう弁明しながら、ミナコは違和感を感じていた。


(おかしいわ。なんだか、変な感じ――)


(H24,1,10)


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