『う〜ん…頭が…いた……』
「気が付いたかい?」
『………?』
男の人の声がする。なんで…?
目を開けたミナコの前には、心配そうな彼がいた。辺りを見回してみると、どうやら部屋の中にいるようだ。
『うそ…でしょ…?』
「気分はどう?すごく、酔っ払っているみたいだけど……」
その手が、ミナコの頭を撫でる。
「とにかく、頭は打っていないからね、そこは良かったよ」
「アラン……リックマン……?」
ぽつりと言ったその言葉に、彼――アランは苦笑してきた。
「そうだ、私の名は確かに、アラン・リックマンだが……お嬢さんの名前は?」
「わた――私の名前は……」
おぼつかない足取りで、立ち上がろうとするミナコは、とたんにバランスを崩した。
「危ない!気を付けて……」
「あ、ありがとうございます……」
ミナコは、信じられなかった。
どうして、アランがここにいるのか?舞台の間は、マンションを借りて住んでいると聞いている。
どうして、ホテルにいるの?
「本当に、Mr,リックマンなんですか…?」
信じられない、という顔をするミナコに、アランは困ったように笑ってきた。
「間違いなく、私はアラン・リックマンだよ」
『すっごい奇跡かも…っていうかこれ夢かな?すっごい酔っぱらってるし、なんか幻覚見てるのかもしんない……でも、夢なら――』
「?」
ブツブツと日本語で呟くミナコ。アランは当然ながら、ミナコが何と言っているのかなどわかるはずはなかった。
「やっぱり気分が悪いんだね。フロントに言って、病院へ行った方が――」
電話をかけようとするアランを、ミナコが止めた。
「ちょっと待ってください!」
「?」
不思議顔のアランに、ミナコは、深呼吸をすると言った。
(ずっと練習してきたんだもの…大丈夫、言えるわ)
「Mr,アラン・リックマン…お逢いできて、とても光栄です。私、あなたのファンです。あなたに逢いたくて、日本からやってきました。
あなたの演技…とても素晴らしいと思います!大好きです……これからも……ずっと…ずっと大好きですから……」
頬を染め、潤んだ瞳で一生懸命思いを伝えるをミナコ、アランはじっと見つめている。
ふいにふらついたをミナコ、アランがまた支えようとした。
「あっ…大丈夫です。ごめんなさい、ご迷惑かけて…。こんなところで、憧れの方に逢えるとは思っていなかったから…」
「君……」
「本当は今日も、イベントの後、お逢いできたら良かったんですけれども…勇気がなくて。
今言えて良かった!じゃ、失礼します…」
「ちょっと君……そっちは――」
迷惑をかけてはいけない思いと、緊張と恥ずかしさ、そして酔いが、彼女を狂わせた。
慌てて止めるアランの声も聞かず、彼女は部屋を出て行った。一瞬遅れて追いかけるアランは、信じられない光景を見た。彼はとっさに叫んだ。
「君!そっちは危ない――」
『きゃーっ!!』
アランの声に覆いかぶさるように、ミナコは悲鳴をあげながら、なんと落ちていった。
非常階段を。
「大変だ……!」
アランは慌てて、非常階段へと急いだ………。
*****
『で?』
『…ごめんなさい』
『ごめんじゃないわよ!お酒を飲ませたのは私なんだから、私にも責任があるけど…なんで、階段から落っこちた訳?』
『それが……憶えてなくて……』
『憶えてないってぇ?!』
ここは、病院のある一室。
ミナコは、階段から転がり落ちた後、救急車で病院に運ばれたのだった。
打ち身で済んだのだが、頭を激しく打ったこともあり(確かに後頭部に大きなこぶが出来ていた)、しばらく経過を見るため、入院することになったのだが…。
彼女は、何も憶えていなかった。
友人と別れてからの記憶が、綺麗さっぱりと消えてしまったようで、何も憶えていず、気が付いたら病院のベットの上だったという訳である。
『ま、大事なくて良かったわよホント…じゃあ、しょうがないわね。セミナーのチケットはダフ屋に売ることにするから』
『そんなぁ〜』
情けない声を出すミナコに、友人は呆れ顔だ。
『仕方ないでしょ!事故に遭っちゃったんだから。愛しのアランは諦めて。また、チケット取ってあげるから』
『ううう……』
本気で悲しい顔をするミナコに、友人は苦笑すると言った。
『それにしても、本気で…トラップだったわね!』
あのカクテル。笑いながら言われて、ミナコは反論した。
『そういう意味じゃないでしょ!』
『あははっ!でもさ、あの時間に、あんな場所で倒れてて、よく、救急車なんて呼んでもらえたね。誰が呼んでくれたの?』
友人の言葉に、ミナコは首を振った。
『わからないの。本当はお礼をしたいんだけど…』
そんな話をしながら、心はアランの舞台、“セミナー”へと向いているミナコだった。
(H24,1,9)
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