映画みたいな恋したい | ナノ

1 ベルベットの罠

ざわざわと、騒ぐ場内。

観客達は、今か今かと、その時を待っていた。



ミナコも、沢山の観客の一人。
ドキドキする胸を抑えつけて、その時を待っていた。


やがて、照明が暗くなり――司会者が語りだす。


「本日は、ようこそ、“Arts & Leisure Weekend”へおいで下さいました……」


挨拶の後、待ちに待った人の名前が。


「Mr,アラン・リックマン!」


どっと、拍手の嵐。
インタビューアーと共に、静かな足取りでやってきたその人を見たミナコは、目を見開いた。

『アランだ……』


黒っぽいジャケットどズボン。
少し、青みがかったシャツを着て、ウールのインナーを羽織っている。

少し乱れた髪は、メッシュになっていた。



アランは用意された椅子に座ると、インタビュアーから質問を受け、それに一つ一つ、とても丁寧に答えていく。時折、ウィットを滲ませながら。

観客からは、時折笑い声が聞こえる。


ミナコは、一生懸命に聴こう、聴こうとするが、頭がぼうっとして、彼の言葉が頭に入っていかなかった。


トークイベントは、時折シリアスあり、笑いありで、映画のワンシーンも流しつつ、和やかな雰囲気で終わった。1時間が、あっという間だった。


『ほら、終わったわよ!』

一緒に付いてきてくれた友人の声で、ハッと気が付いたミナコ。

『…終わったの?』

ぼーっと返事をするミナコに、友人は呆れ顔だった。

『あんた…大丈夫?心ここにあらずみたいだけど…』

『だ、大丈夫…』


本当は大丈夫どころの話ではなかったが、ミナコはそう答えると、席を立った。


この日のために奮発して買ったワンピースに、ロング手袋を装着して、バッグを持った。


『出待ち……ホントにしなくてもいいの?すっごいファンなんでしょ?アランの……』

友人の言葉に、はミナコ慌てて首を振った。

『冗談…!そんな恥ずかしいこと出来ないよ……』

『恥ずかしいってあんた……今を逃したら一生逢えないかもしれないのに…』

『…………』


友人の忠告に、ミナコは頬を染めた。



逢えるはずない。
今よりも近い距離で、アランさんを感じたりしたらきっと私は壊れてしまう。

今だって……まだ、この胸が苦しい……。



そう言うことも出来ず、ミナコは慌てて友人と一緒に会場を後にした。



*****



ホテルのバーに寄り、カクテルを飲みながら、今日あった話をしていた二人。

このバーにいる日本人は二人だけ、というのもあるが、彼女達はとても目立っていた。


ミナコの、オリエンタルなドレスが一際目を引く。勿論、彼女はそんなことは一切、気づいていなかったが。

メニューを見た友人が、声をあげてきた。


『これ、一度頼んでみたら…?』

面白そうじゃない?と言った彼女が指示したカクテルの名は―――、


『Velvet Trap…?』

『アランみたいじゃない?旅の記念にさ!』

ベルベットってアランのことでしょ!しかもトラップとか…まんまよね!友人はそう言うと、さっさと注文してしまう。

『ち、ちょっとお〜…』

『あはは…ものは試し、ってね!』

笑ってくる友人に、苦笑しか返せない。

『もう…。私がお酒に弱いこと、知っているくせに……』

優しくなじるにミナコ、友人はニヤニヤ笑ってきた。

『酔わせて襲うつもりなのだよ……なーんちゃって!』

『ばか……』




届いたカクテルは…緋色で、いかにも、濃度が濃そうなカクテルだった。

一口飲んだミナコは、頬を真っ赤に染める。


『強…ッ』

『あら、やっぱり?』

メニューをよく見てみると、テキーラと書いてある。

『あら〜…こりゃ、トラップだわ……』

『でも…おいし…』

不思議と癖になる味だった。一口…また一口と飲んでしまう。

『ちょっと、ピッチ早いんじゃないの?』

『大丈夫よ。今日はあと、ホテルで休むだけだもの…』

心配する友人に笑いかけると、ミナコはカクテルを飲んだ。





ふらふらする。ミナコは後悔していた。思ったより、あのカクテルが強かったのだ。
それでも心配する友人と別れ、何とかエレベーターに乗ったミナコは、部屋へと向かう。

カードキーをかざして、部屋に入ろうとするのだが、どうにもこうにも部屋に入れない。


『ひっく……変だわ……』


カードの磁気がいかれてるのかと思い、ミナコはカードを振った。とたん、バランスを崩して後ろに倒れ込む。

『きゃ…ッ』

「おっと危ない……君は?」


後ろから、誰かに抱きしめられる。


その、低い声。艶があって、とても魅力的なその声。
聞き間違えるはずはない、その声の持ち主は、


「ア、アランさん…?」



(H24,1,8)


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